* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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ハレ切りできない逆光で薄暮の空気感を撮る。眠いレンズにはそれなりの使い方があるようだ。
Pigeon 35 + Tomioka S-Lausar 45mmF3.5 / FUJICOLOR Pro400
(C)Keita NAKAYAMA



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さいきんお気に入りのエレクトロ35で。ハレ切り無しの半逆光でも見事なコントラストである。
Yashica Electro35GX + Color Yashinon 40mmF1.7 / FUJICOLOR Reala ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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上とおなじヤシカ・エレクトロ35GXに最新のリバーサルを詰めて撮る。リバーサルには不向きな絞り優先AE専用機だが、感度設定ダイヤルで露出補正が可能。こういうカメラの「出た目」を読むのはけっこう難しくて愉しい。
Yashica Electro35GX + Color Yashinon 40mmF1.7 / FUJICHROME PROVIA 400X
(C)Keita NAKAYAMA

『鳩によせて ー或る戦後国産カメラの物語ー #12』

 昔から流行に縁遠い人間である。そう自認している男の例に漏れず、僕は世の中の動きを先取りではなく後追いするタイプだ。服にしても髪型にしても、あまり興味のないことには他動的になる。それほど好きでないチームの応援席で、知らないうちにウェーブに巻き込まれている奴がいたら、それは僕である。
 特にこのところその傾向に磨きがかかってきて、好きなジャンルのことでもたいがいのブームは遠目に眺めている。聴く音楽はずっと時計が止まったままだし、映画や書籍もヒット作を追わなくなった。写真機の流行はどうなっているのだろう?

 熱しやすく冷めやすい、というのは日本人がみずから自嘲気味に評した言葉だ。それが「流行りものに弱い」という意味だとすれば、僕は年々、ハヤリモノに強くなっている。寿司屋のヒカリモノには昔から強かったから、人間としてのポテンシャルは年を追うごとに高まっているに違いない。違うか。
 真面目な話、ここさいきんの流行を端から眺めていると、昔と違って総雪崩的なところがあまりない。不謹慎を承知で書けば、同時多発の小規模テロみたいだ。「ニーズの多様化」なんて真っ赤に錆びついたフレーズをいまさらに持ち出す気はないけれど、どうやら流行はますます細分化しているらしい。ハヤリモノをつくるひとたちもたいへんだ。そういえば「マイブーム」なんて言葉が流行ったこともあったな。

 流行を意識するとしないとにかかわらず、人がアタマをひねってつくった物には、どこかでその時代の世相が反映されている。これは後世の人間が理屈を後付けしている場合も多い(僕の書くものはたいがいそうかもしれない)けれど、バッターが守備の透き間を狙うように、ものをつくる人間は必ず売れセンを狙うものだ。まるで売れないものを狙うひとは、たぶん真の芸術家である。
 で、ここでようやく本題に戻ると、ピジョン35というカメラは昭和二十年代の終わりにあって、どんな売れ方を狙ってつくられたのだろう。あの時代のカメラは誰に使われることを念頭に企画され、どんなひとによってつくられ、売られたのか。例によって長々と綴ってきた本稿の落としどころは、たぶんそこにあるはずなのだけれど、それがなかなか見えてこない。このわかりにくさはいったいなんなのだ、と考えていたら、突然に素晴らしい後付けフレーズがひらめいた。
 そう、ピジョン35はブームをつくれなかったカメラなのだ。コンパクトな大衆機という、理想のカメラブームを。

※制作協力:クニトウマユミ


2007年02月07日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部