* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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古典カメラに現代のリバーサルフィルムを詰める。カメラボディもレンズもほぼ半世紀前の製品だというのに、この瑞々しさは何なのだろう。
Fujica35SE + Fujinon 45mmF1.9 / FUJICHROME ASTIA100F
(C)Keita NAKAYAMA



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こちらはネガフィルムで。撮影時の光を思い出しながら色を調整した。
Fujica35SE + Fujinon 45mmF1.9 / FUJICOLOR Reala ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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シャッターの最高速とレンズの開放F値が誇らしげなフジカ35SE。この角度から眺めると西独製品の影響が強く感じられるが、それらを越えようとする意志が込められたカメラである。前板のプレスやボディのクロームメッキなど、質感もじゅうぶんに高い。
*機材提供:井田博敏氏
(C)Keita NAKAYAMA

『麗しき銀の弁当箱(1)』

「自らの不明を恥じる」という慣用句がある。
 これは「自分に知識が足りないことを恥ずかしく思う」という意味のようでいて、じっさいはもっと深いニュアンスを含んだ言い回しだ。情報はある程度そろっているのに、その見きわめがちゃんと出来ていないために、しかるべき結論を導き出せずにいる、みたいな。平たく言えば認識不足なのだが、これを自覚できて初めて、先の言葉を口に出来る。
 つまり不明を恥じた瞬間に、それを自覚したひとは人としてグレードが上がったということだから、どんどん恥じるよう努力すべきである。そして恥のインパクトが強いほど、その経験は後のグレードアップに繋がっていくような気がする。
 というわけで、今回はさいきん僕が恥じた不明のハナシである。それは1台のカメラを手にしたことから始まった。

 この正月に写真仲間が集まる会があった。メンバーは多士済々、ふだんはなかなか会えない顔ぶればかりで、といっても話題はその日の料理とか身辺の近況とか、そういう雑談が多い(デキるひとほど写真やカメラの話はあまりしないものである)。メンバーでは僕などまだまだ人生が足りていないクチで、いつ会っても面白いひとたちだなあ、と思う。
 その集いのなかに旧知のエンジニア氏がいて、彼は僕の顔を見るなりなにやら包みをバッグから取り出し、これを是非お使いなさいと言う。お礼もそこそこに、灰色のネオプレン・ゴムでできた入れ物をその場で遠慮無くほどくと、中から顔を覗かせたのは「まるで銀色のお弁当箱のような」箱形カメラ。いったいなんですかこれ、という言葉を飲み込んだのは、眩いメッキの軍艦部に「FUJICA35」の刻印を見つけたからだ。
 なるほど、そういうことか。

 フジカ35というカメラの名前は、知識としては頭に入っていた。でもそれは情報というほど確かなカタチを持っていなくて、たんに名称が記憶に残っていた程度である。そしてその記憶は僕のアタマのなかで「ファミリーカメラその他」という引き出しに放り込まれたままで、きちんと整理をした経験はいちどもなかったのだ。
 さらに悪いことに、そのカメラを詰めた入れ物を正月に家に持ち帰ってから、数か月放置してしまった。これは必要に迫られて使わなければいけないカメラが他にいろいろあったためだけれど、もうひとつには「ファミリーカメラその他」への偏見がある。誰にでも使える機械には昔からあまり興味が無い、などと平然とうそぶくところが僕の不明そのものなのだけど、これがとんでもない考え違い。銀の弁当箱は、実は素晴らしく完成度の高い魔法の箱なのであった。

 というわけで、予定していた米英カメラの特集は少し先送りにして、ちょっと風変わりな国産カメラの連載をお届けします。短くまとめるつもりですので、どうぞお付き合いください。

制作協力:クニトウマユミ


2007年05月09日掲載

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