* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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今月のテーマはムーヴィーカメラ。動画は流石に無理なので画像はそれをイメージして撮りました。
LeicaM3 + Biogon 25mmF2.8 / FUJICOLOR PRO400
(C)Keita NAKAYAMA



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旧い建物と旧い写真機がよく似合う被写体である。
LeicaM3 + Biogon 25mmF2.8 / FUJICOLOR PRO400
(C)Keita NAKAYAMA



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ベル・ハウエル#134・ダブル8カメラ。この筐体は1930年代の終わり頃に登場、以後20年も継続されたロングセラーとなる。画像の個体は50年代に製造された撮影レンズ3本+ビューレンズ3本を載せたターレット付きモデル。これ1台で広角から望遠までをカバーした撮影が可能だ。3本の撮影レンズのうち2本は日本製だが1本は英国テイラー・ホブソン社製(TAYTAL 0.5inch F1.7)。鏡胴のサテンクロームメッキは名品の名に恥じない素晴らしい仕上がりだ。
(C)Keita NAKAYAMA

『贅沢な写真機(1)』

 ある朝、冷蔵庫を開けたら、フィルムが凍っていた。
 といってべつだんフリーザーに入れたわけではない。ちゃんとした冷蔵庫である。自宅の保管庫は(カメラほどではないけれど)年代物で、ちょっとレトロなデザインが気に入っていたのだが、そろそろ引退の時期かもしれない。
「冷蔵庫も、カメラみたいに機械式だったら」いつまでも使い続けることができるだろうか。でも昔ながらの氷を入れて冷やす冷蔵庫なんて、今日びどこを探しても見つからないだろう。
 ちなみに写真フィルムは凍らせても品質に影響が無いらしい。とはいえ、氷結したパッケージを庫外に出せば箱がぐちゃぐちゃになるし、凍り付いたままのフィルムをいきなりカメラに装填すると、結露が起きそうで心配だ。
 なので、台所の冷蔵庫に移して解凍する。やれやれ、ほとんど生鮮食品である。

 壊れた冷蔵庫はバブルの絶頂期につくられたものだから、ほぼ二十年選手。この種の製品の寿命がどのくらいかは知らないが、よく働いた方なのだろう。改めてその外装を眺めると、たんなる四角い箱ではなくて、筐体や取っ手に優美な曲線と曲面が多用されている。といって今の製品みたいにプラ外装と違い、全面が鉄板プレスである。「目の付けどころがシャープでしょ」という会社の製品だけど、デザインのソースは明らかに新大陸。それも、モノが大量につくられ、大量に消費されていた時代の「旧き良き」アメリカンデザインだ。
 あいにくと、僕はアメリカンな工業デザインには縁が薄い(愛用の楽器はおおむね米国原産だがこれは意匠に惹かれたわけではない)。クルマもカメラもオーディオも、アメリカ製を使ったことは一度もない、といっても、日本ではそういうモノを使ったことのあるひとの方が少ないか。

 とはいえ、僕らの世代はアメリカンな工業デザインに囲まれて育った。食パン二枚を垂直に立てて焼くトースターは分厚いメッキの米国製品を摸したものだったし、はじめて家にやって来たTVもアメリカ風で、そのスイッチを入れると「ルーシー・ショー」とか「サンセット77」とか、そういう輸入番組でアメリカの生活を覗き観ることもできたのだ。
 だだっぴろい居間、何車線もある道路、不思議な翼の生えたクルマ、そしてトースターのようなモーターホーム。「大味」なんて概念がまだ舌にもセンスにも芽生える前の子供にも、それは途方もないスケールの異文化だった。
 そういう子供が「アメリカでは日本製のトランジスタラジオが大人気」なんてニュースを聞かされると、“精密なものをつくるのは日本人の特技で、アメリカ製品は大ざっぱ”という意識の刷り込みができあがる。勝手な思い込みに過ぎないとはいえ、僕にはその真偽をたしかめる術もなかったのだ。

 そこで、カメラの話である。いやその前に、今回はちょっとだけ畑違いのことを書かせてもらおう。それは巨大な消費国家がつくりだした消費の幻影の、その端っこに芽生えた文化と道具のことだ。あなたもつくれるハリウッドムービー、家庭用シネカメラである。


制作協力:脊山麻理子


2007年06月06日掲載

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