* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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最短撮影距離で。一眼レフほどの近接撮影能力を持たない(持たせない)距離計連動機の場合、レンズの設計はある意味楽かもしれない。トーンの豊富なレンズだと思う。
Minolta Hi-Matic7S + Rokkor-PF 45mmF1.8 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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絞り開放の夕景。手前の合焦面から次第にピントを失っていく様子がよく分かる。往年のロッコールレンズは解像性能に振りすぎない柔らかな描写で今も多くの支持を得ている。
Minolta Hi-Matic7S + Rokkor-PF 45mmF1.8 / FUJICOLOR PRO400
(C)Keita NAKAYAMA



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個の主張から「横並び」へと向かうカメラたち。左のミノルタALは1961年の発売、曲面を活かしたデザインには50年代の名残が看て取れる。セレン外光式の露出計は当時の国産中級カメラの標準装備品だ。右は66年に登場したハイマチック7S。その3年前に発売された「ハイマチック7」を原型に小変更を加えたモデルで、CdS受光素子によるオート露出など撮影の自動化を実現した。このモデルの成功を受け、ハイマチックはその後20年にわたって続く息の長いシリーズとなる。
(C)Keita NAKAYAMA

『オールド・ルーキーズ(2)』

 新しいカメラが手元に届くと、といってもたいがいは昔につくられたカメラなのだけど、とにかく包みを解(ほど)いてすぐに写真を撮る。旧いフィルムカメラならケータイよりもずっと話が早い。取説なしでもすぐに使えるのは、昔のカメラの佳いところである。

 こんな連載を続けていて意外に思われるかもしれないが、僕は国産カメラでは一部のメーカー製品しか使ったことがない。いや海外製品でもそうだけど、舶来品にあれこれ手を出す前に国産機をぜんぶ使わないといけないような気がして、今もなんとなく後ろめたいところがある。
 なかでもミノルタのカメラには縁が薄くて、ちゃんと使ったのはライカ用レンズ(TC-1に付いていた28ミリレンズをライカLマウントとして単品売りしたもの)くらいか。あれは素晴らしいレンズだったけれど、あまりにもコントラストが高すぎてネガでもリバーサルみたいに写るので、わりとすぐに手放した。
 でも古典カメラの愛好家のうちでは、旧いミノルタのロッコールレンズはとても評価が高い。ある友人はその描写を「ライカレンズによく似ている」とも言う。疑り深い僕は、それってライツとミノルタが合弁していた頃の宣伝の刷り込みじゃないのか、などと疑問を持っていた。

 そういう僕のところに、何故かミノルタカメラが二台まとめてやって来た。どちらも発売は昭和の半ば、そろそろカメラも「一家に一台」の時代の、いわゆるファミリーカメラのはしりである。
 製造年の旧いほうはミノルタAL。前回に紹介したコニカIIIシリーズから三、四年が過ぎた頃の製品で、この当時の流行として軍艦部の端っこにはセレン露出計の受光窓が置かれている。レチナなどでも見慣れた風景だけど、集光レンズの仕切りが障子の桟みたいに見えるのは、デザイナーの意図だろうか。
 もう一台のカメラは、さらにその五年後につくられたハイマチック7S。こちらは露出計の受光素子にCdS(カドミウム・セル)を採用し、さらにその受光窓をレンズ鏡胴の先っぽに置いた。そのためALで賑やかだった軍艦部はプレーンになり、意匠もずっとモダンに見える。
 ハイマチックのもうひとつの進化は、露出オートが付いたこと。これは当時のカメラに続々と採用されていた機能で、ピントを合わせて押すだけのAE撮影(当時はEE=エレクトリック・アイと称した)が可能になった。つまり面倒な露出設定が不要で、お父さんのカメラをお母さんが借りて使えるようになったのだ。

 そういうご家庭向けカメラといっても、この時代はまだボディが大柄で、二台をまとめて持ち歩くのは決心が必要だ。で、決意を固めてさっそく試写に挑む。おなじメーカーの製品でも、同時に使うと違いがよく分かって面白い。
 使い勝手が良いのは旧いALの方で、マニュアル露出に慣れた僕みたいな人間にはハイマチックの親切機能が却ってアダになる。というか、ハイマチックの設計者は露出オート以外の撮影にあまり重きを置いていなかったのだろう、絞りとシャッター速度の設定がとにかくやり辛い。なんとなく、初期のAF一眼レフでマニュアルフォーカスしているような気分になった。自動化の普及は強要と紙一重だ。
 とはいえ撮影結果はどちらも上々で、往年のロッコールレンズの軟らかさというのもなんとなく実感できた。ライカレンズとの類似性は何とも言えないけど、僕のように人物を撮ることの多い人間にとって、これは確かに魅力的な描写である。

 二台を併用して思ったのは、この時代にカメラはどんどん使い手に優しくなっていったということ。それはつまり、カメラの企画開発とマーケティングが密接に繋がる時代の幕開けでもある。「お客さまの顔が見えている」ともいえるし、また別の見方もできる。
 ファミリーカメラの想定顧客から僕みたいな人間が外れていくのは、これは商品企画の正常進化というべきなのだろう。


2007年07月11日掲載

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