* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


写真
---> 拡大表示

ちょっと手ブレ。被写体が手にしているのはポラロイドSX-70。米国製カメラを代表する名機にして彼女の愛機である。
Kodak35RF + Anastigmat Special 50mmF3.5 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA



写真
---> 拡大表示

ピントは優秀、曇天でもコントラストは確保されている。噂に違わず優秀なレンズだ。
Kodak35RF + Anastigmat Special 50mmF3.5 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA



写真
---> 拡大表示

原産国表示の書体がアメリカンなコダック35RF。本機は1941年から50年にかけて造られたロングセラーの中級機で、写真の個体は1947年製。レンズには既に反射防止コーティング(大戦直前に独ツァイスが開発、戦時中は軍需向けの技術だった)が施されている。各部の工作精度はけっして低くないものの、戦前のドイツ製品などに比べると過剰さが無い分だけ見劣りがする。組み上げ時にはリベットが多用され、分解再組み立てのことはあまり考慮していないように思える。頑丈に造り、壊れたら買い換えを促すという思想だろうか。
(C)Keita NAKAYAMA

『贅沢な写真機(5)』

 しばらく国産機を弄っていたら、また得体の知れないカメラが恋しくなった。
 べつだん写りそのものに不満があったわけではない。先に紹介したカメラたちは、おおむねどの機種も日本のカメラ産業が世界の頂点に登りつめようとする時期につくられただけに、機械としても道具としても完成度が高い。純粋に写真を趣味とするひとなら、たぶん誰もがじゅうぶんな満足を得られるだろう。
 ではなにが物足りないのか、というと、それは「あるべきものがしかるべき場所にある」という、言ってみれば日常性が機械に仕組まれているところだろうか。これは設計者が意図したことではないにせよ、国産機というのは僕らにとって見知ったひと、それも「物わかりの良い大人」に過ぎるところがある。
 そういうひとたち、いやカメラたちと付き合っていると、道具好きの興味は仕上げの品質とかレンズ描写の細かな差異とか、言ってみれば写真にとって見過ごしても構わないような(暴論ご容赦)重箱の隅に向かう。そういう趣味も悪くないとは思うけれど、あまり狭いところに捕らわれると息苦しくなるので、ここはまるっきり別の次元にワープしてみよう。メイドインUSAカメラ、続編再開である。

 ところで、アメリカを代表する工業製品ってなんだろう。
 それは時代とともに少しずつ変わっていくのだけど、この大国の産業を二十世紀の大半をつうじて支えたのは、自動車や航空機などの巨大なスケール感に満ちた製造業だった。それらはおおきな裾野のひろがりを持っていたため、いろんな分野の技術開発を促し、また大量の雇用も生み出した。こうした流れが消費の活力を生みだし、新たな製品やサービスの開発につながるという、今風にいえば「サプライチェーン」みたいな良循環ができあがる。でもまてよ、そんなのは先進国ならどの国の産業だっていっしょじゃないか。
 日本人にとって分かりにくいのは(理解が足りないのは僕だけかもしれないが)、この国の産業が傍目に「自給自足」的な側面を持つことである。つまり造った製品をあらかた国内で消費してしまう。ヒコーキとか戦争の道具とか、あと最近のパソコン基本ソフトなどを除けば、メイドインUSAの刻印が記された製品が外貨を稼ぎまくった、という記憶はあまりない。
 なのにこの国はなぜ儲け続けて、他所からモノを買い続けていられるのだろう。
 その答えは金融とか、まあいろんなところにヒントがある。でもそれは僕の専門ではないし説明も巧くできないので、これ以上風呂敷をひろげるのは止めておこう。話をこの連載のテーマに戻すと、「アメリカは何を求めてカメラをつくり、なぜそれを止めてしまったのか」である。
 そう、かつてはアメリカにも国産カメラがあったのだ。


制作協力:クニトウマユミ


2007年08月08日掲載

<--Back     Next-->

東京レトロフォーカスの目次へ--->



Copyright :
マカロニ・アンモナイト編集部