* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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逆光で。コントラストは(多少落ちるものの)必要充分以上に確保されている。ピントはたいへん合わせやすく精度も信頼に足る。
Kodak35RF + Anastigmat Special 50mmF3.5 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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露出を意図的に切りつめ(適正から約3段半アンダー)高コントラスト&粒状の荒れた画質を狙ってみた。ファッション写真などで使われるテクニックだが、絵の崩れが少ないのはレンズの優秀性か、現代のフィルムの恩恵か。
Kodak35RF + Anastigmat Special 50mmF3.5 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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腕時計のような装飾と工事現場的やっつけ感が同居するコダック35RF。軍艦部のノブや本体は樹脂製で、必要な強度と量産性を両立している。外観上の特徴である鏡胴の「配管カバー」はレンズ前玉〜距離計を結ぶリンケージに蓋をしたもの。いっけん無骨だがデザイナーは仕事を投げ出しておらず、総体として不思議な力感とまとまりを見せる。文化を技術と消費の幻想で覆ったというより、これはマッスルが支配する国の道具なのだろう。
(C)Keita NAKAYAMA

『贅沢な写真機(6)』

 コダック35RFはアメリカらしいカメラである。フツーに良い写真を撮るのに必要充分な性能と機能と信頼性に加えて、ユーザーを刺激する(刺激しすぎない)適度なサービス精神も備えている。平凡だけどマジメ一辺倒でもなく、偶に失敗もあるけど巧いシャレでその場を収めてくれそうな感じ。ハリウッド映画でよく見かける「平均的アメリカ人」みたいな存在かもしれない。
 といっても、このカメラのデザインを見過ごすひとはそういないだろう。基本フォルムは子供の落書きみたいにカメラらしい意匠で、悪く言えばオモチャっぽいけどまあマトモである。だがそのプレーンな造形は何やらごちゃごちゃと、後付けされたパーツで汚されている。軍艦部のノブはどうみても質感の合わない樹脂製だし、鏡胴脇の意味不明なカバーなどはカメラの部材というより、エアコン室内機の配管を隠す覆いみたいだ。
 この混乱には理由がある。本機は1941年の発売(アメリカが大戦に参戦した年だ)なのだけど、それを遡ること3年前に市場投入されたカメラの「急場しのぎのアップグレード版」なのである。

 35RFの基本形たる「コダック35」は、米コダック社が自社規格の135フィルム(=今に続くパトローネ入りの“35ミリ”フィルム)にはじめて対応したカメラとして、1938年に登場した。135フィルムそのものは34年の発売で、それはライカやコンタックスのフィルム室に上手く収まるように考えられていた*とはいえ、本家コダックの対応は遅きに失したといえないだろうか?
 いや、コダックはちゃんと手を打っていた。ドイツのカメラメーカー、ナーゲル社を買収(31年)してレチナというカメラを造らせ、その内部に収まる135フィルムと同時にリリースしたのだ。ただしこれは純粋にドイツ製品だったから、米国ではコダックの商標を纏っていても輸入品となる。「当面はそれで良いとして、やっぱ本家の意地を見せないと」と考えたかどうか、とにかく米コダックは自社開発の純・米国原産カメラでライカ判の普及拡大を図ることにした。
 そうして生まれたコダック35は、ある意味レチナよりずっと進歩的なカメラとなった。いやちょっと待て、距離合わせがレチナ同様に目測で、(ドイツ的に小型精密なシャッターユニットの開発が間に合わなかったのか)中判カメラの0番シャッターをそのまま取り付けたカメラの、どこが進歩的かって?
 疑問はごもっとも。だがこのカメラは、そういうコアなカメラ趣味人の玩具ではなく、より大衆的な娯楽の道具として考え抜かれた特徴を持っている。ボディシャシー(機能部材を組み付ける骨格)が一体成型の樹脂製**なのである。つまり金型に樹脂を充填するだけで、たい焼きみたいな大量複製が可能ということだ。
 このことはたんに素材を置き換えた以上の意味がある。カメラづくりの分野で、先行する欧州勢が未だ職人を動員した手作りに近い工程を踏んでいた時代、アメリカは生産コストの低減と量産規模の拡大を狙える新技術で逆転の攻勢をかけたのだ。
 それはいかにもアメリカ的な「大量生産、大量消費」の流儀に則った手法であり、結果このカメラの登場によって「写真の大衆化」はひとつ上のギアに入ったように加速した。だが欧州を戦雲が覆う頃、まだ平穏だった自国のマーケットで、135フィルム言い出しっぺのコダックは商品の見直しを迫られる。


制作協力:クニトウマユミ


*注1:1930年代前半の時点(=パトローネ入りフィルムが未登場の時点)ではライカもコンタックスも映画用の長尺フィルムから汎用のマガジンに詰め替える方式だった。ちなみに「パトローネ」はイタリア語のパトロン(保護者)をあてた後の命名で、135フィルム登場当時は「デイライトローディング(シングルユース)カセット」、つまり遮光性のある(使い捨て)容器と呼ばれたらしい。

**注2:コダック35/35RFのシャシー素材を「ベークライト」とする記述をよく目にする。ベークライト(開発元の商標)は熱硬化性フェノール系樹脂の一種で、二十世紀初頭から工業製品に多用された素材だ。合成樹脂としての成型の自由度などは他の素材に準じるのだが耐衝撃性や寸法安定性などの性能はさほど高くなく、素材の特性としてカメラの骨格にはあまり適していないように思える。私見だが35RFのシャシー(裏蓋も)素材はエポキシ系樹脂の成型品、巻き上げ/巻き戻しノブは熱可塑性樹脂を用いた射出成型品ではないだろうか。


2007年08月15日掲載

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