* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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絞り開放付近で。周辺減光はかなり目立つ。それを古典的な味わいに見立てるとしても、人物の顔などは四隅から避けた方がいい。現代の基準では低画質だが、この眠さを好むひともいると思う。
Argus C3 + Corted Cintar 50mmF3.5 / FUJICOLOR PRO400
(C)Keita NAKAYAMA



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眠い画質に慣れすぎた目を覚ますために、後処理でコントラストを圧縮。被写体のイメージを強調した絵をつくってみた。古典カメラ特有の画質を追求するのも愉しいものだが、道具としてもっと自由に使われるべきだとも思う。
Argus C3 + Corted Cintar 50mmF3.5 / FUJICOLOR PRO400
(C)Keita NAKAYAMA



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「記録より、記憶に遺るカメラ」アーガスC3。デザイナーの意図は常人の理解を超えているのだけど、人間工学の四文字は彼の辞書になかったことは間違いない。ボディ厚の約47ミリという数字はフィルムのパトローネのほぼ二倍にあたり、どう握っても持ち余りがするし四辺のエッジが手に痛い。またシャッターチャージ用のノブ(前板の銘板の上にある)はカメラを保持する指にほぼ間違いなく衝突、これがブレ写真の量産に寄与する。ゆいいつの解決策はエバレディケースに入れることだが、それをやるとこのカメラを使う意味はほとんど無くなると思う。
(C)Keita NAKAYAMA

『贅沢な写真機(8)』

 アーガスC3の成り立ちを知りたければ、まず分厚い裏蓋を開いてみよう。アルミダイカスト製で、厚さ約2ミリ(!)という裏蓋は、内側にどう考えても不要な補強リブを持ち、まるで玄関のドアのような蝶番でスムーズに開く。そうして中を覗くと、このカメラの秘密の一端が露わになる。
 いっけん板金細工のように見えるボディ本体は、実はコダック35と同様に樹脂製の一体成型品。目に触れるパーツ類は明らかにチープなつくりで(この点コダックは要所に精密加工のパーツを配して手抜きがない)、しかも「カメラとして正しくない」設計が散見される。
 そのひとつがフィルム開口部。暗箱部分の反射防止対策がゼロに近い(さすがにマットブラックで塗ってあるが)のはまあ許せるとして、なんとこのカメラには「フィルムガイドレール」の備えが無い*。これはどういうことかといえば、レンズ交換に必須の「メカニカルバック」(=レンズのマウント面からフィルム面までの距離)が厳密には保証されないということだ。
 だからライカばりの交換レンズシステムや、コンタックスによく似た連動距離計など、このカメラでは一種のファッションに近いともいえる。いやむしろそれらは、先行するコダックのカメラを「やっつける」ための小道具だったのだろう。「百眼のアーガス」が投げたレンガがどこに当たったかは不明だが、それは巨人を怯ませるだけの勢いがあった。結果としてコダックは自前のカメラに急ぎ改修を施し、市場に投入せざるを得なくなる。

 戦争を間近に控えたアメリカを舞台に、新旧ふたつの会社が低価格カメラで繰り広げた販売競争は、特にどちらが勝利したというものでもないらしい。コダックの改良型「コダック35RF」は1941年の登場から10年ほど生産を継続、後継機種の「シグネット」と入れ替わりに姿を消す。10年という製造期間をじゅうぶんに長いとみるなら、対するアーガスのそれは驚異以外のなにものでもないだろう。C3が製造を終えたのは1966年で、つまり27年もの間(しかもさしたる仕様変更も無しに)つくられ続けたのである。

 仕事机の上に鎮座する二台のカメラを眺めていて、なんとなく思ったことがある。それはこのふたつのカメラのデザインが、見事に逆のベクトルにあるということだ。
 コダック35RFは(前述の理由によって)急ごしらえの機能追加を受けたため、なんとも意味不明っぽい意匠を纏うことになった。軍艦部に「建て増し」された距離計とレンズ前玉を連携させるため、鏡胴の脇には長い腕木が添えられ、それを隠す不細工なカバーは工事現場の仮設トイレ的な風情である。
 さすがにこれは恥ずかしかったのか、35RFのデザイナーは鏡胴の逆側に時計の部品みたいなピントリングを増設した。あるいは同様のギアを持つアーガスへの対抗措置だったのかもしれない。こうした懸命の処理はじっさい、まったくの不首尾に終わっているけれど、でもそれがこのカメラに宿る一種異様な存在感につながっているともいえる。
 そしてアーガスC3。このカメラはその直方体デザインから「レンガ」という、たぶん侮蔑と愛情の混じった愛称が与えられている。それも上手い命名だと思うけれど、僕はこのレンガが実は過去の様式の復刻だったのではと思っている。1920年代から大恐慌までのいわゆるジャズエイジ、あの混沌の時代に花開いたアメリカン・アールデコ。C3の外観意匠がその流麗な様式美をカメラに再現しようとした試みだったとしても、結果はやはり不首尾といわざるをえないだろう。
 だが、アメリカには真にアメリカンな傑作と呼べるカメラデザインも存在する。それはコダック35RFと入れ替わりに、また別のところから現れることになる。


制作協力:クニトウマユミ


*注:こういうカメラは他に例がないわけでもない。戦後の日本をはじめ、世界のあちこちでつくられた廉価版カメラ、俗称「トイカメラ」たちには似たような製品も多かった。それらにほぼ共通するのは、樹脂製の一発成型ボディという成り立ちだ。こういうつくりが可能なのは、ボディシャシーに用いられた樹脂素材の特性ゆえである。金属カメラのダイカスト製シャシーに使われる軽合金(金型から抜いた後の冷却過程で収縮するため、フライス盤などでの二次加工が必要)と違い、ある種の熱硬化型樹脂は寸法安定性が高く、二次加工をほとんど要求しない。おそらくアーガス社の技術陣は親会社のラジオ製造技術を受け継ぎ、樹脂素材の特性をよく知っていたのではないか。


2007年08月29日掲載

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