* 連載フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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「海から1.75km」。なぜそういう数字で切ったのか、どうして「海まで」ではないのか。よく分からないけれど、この先に海があることは確かなようだ。
Meopta Opema Ia + Largor 30mmF6.8 / FUJICOLOR SUPERIA Venus400
(C)Keita NAKAYAMA



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暗いレンズなので目測は難しくない。ただしフィルム感度はよく考えて選ぼう。
Meopta Opema Ia + Largor 30mmF6.8 / FUJICOLOR SUPERIA Venus400
(C)Keita NAKAYAMA



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絞り開放付近では盛大な周辺減光がある。1段程度絞っても事態はさほど変わらないが、それも個性のうち。
Meopta Opema Ia + Largor 30mmF6.8 / FUJICOLOR SUPERIA Venus400
(C)Keita NAKAYAMA

『オペマ日和(1)』

 もうずいぶん前のことになるが、赤坂に仕事場があったころ、中華料理をよく食べにいった。お気に入りの店は「眠々」という名前で、チャーハンが美味かった。あの界隈の店らしく、深夜まで営業していることも僕の仕事柄、ありがたかった。作業が押して夜更けになると、赤い目をこすりながらチャーハンを食べに行く。店の名を大書した看板がこちらを呼んでいるようで、妙におかしかった。
 中国語で「眠」の文字は、会意と形声の両方の特徴を持つという。つまり基本となる文字パーツを組み合わせて一字とし、それぞれの意味を複合させ、かつ片方の音をそのまま用いる。眠の場合は目+民で、「民に目を瞑らせる」という字源が中国三千年の歴史を偲ばせる。かつての赤坂の中華料理屋も、僕が訪れる時間帯はカウンターに突っ伏してしまいそうな客ばかりだったけれど、もうおなじ場所に店はない。

 写真の世界でも「眠い」という表現はよく使われる。広告の仕事に就いたばかりのころ、年配のディレクターが写真のアガリを評して「ちょっと眠いなあ」などと言っていた。業界用語にしては直裁な言い回しと思ったら、フツーに使われる言葉だった。
 さいきんはすこし風向きが変わってきたけれど、いぜんの写真界、特にコマーシャルフォトの世界では「眠い」は忌避されるべき結果だった。ひとの目をすこしでも惹きたいという欲目が「目の覚めるような」写真表現をつくる、その原動力になったともいえる。
 高コントラストで高解像度、カラーの場合はそれに高彩度のおまけがつく。そういう写真はたしかに見栄えがするし、それを創り出す写真機材は眠っていた物欲を覚醒させる効果も高い。逆に眠気を催すような写真は、それはそれで表現の手段として認知されていたものの、商業の現場ではお金を稼ぎにくい。量販店の店頭で「このレンズ、滅茶眠い写真が撮れますよ」なんて切り出されたら、誰だって退くだろう。

 ではいったい、「眠い写真」とはどういうものか。
 一般論といっていいのかどうか分からないが、それは大概の場合、解像度が足りない絵ではなく、コントラストが低い写真を指すようだ。光学設計の指標のひとつにMTF(Modulation Transfer Function)という項目があって、それに照らすと低コントラストのレンズは評価も低くなる。そういうレンズで撮った写真は暗部の締まりに欠け、どことなくぼんやりとした印象を与えるので「観ていて眠気をもよおす」ひとが多いらしい。
 だから光学技術者はこういうレンズを好まない。というか、そんなレンズをつくったところで売れっこないので、誰もつくりたがらない。僕だって新しいレンズで眠いのは嫌だ。収差にしてもそうだけど、技術で克服できることはどんどんやって欲しい。
 ただし写真の表現として、眠気を誘う絵というのは、上手くハマれば悪くないものである。写真趣味および写真機趣味の世界ではアンセル・アダムスのゾーンシステム信仰がいまだに根強いので、そういう絵を好むひとは間違いなく少数派だけど、アダムス以前の写真術では低コントラストも立派な表現手法だった。これはレンズとフィルムと印画紙の限界をぎりぎりまで引き出すアダムス流とは対極に位置するかもしれないが、写真は競技とは違うのだから、皆が限界に挑まなくても構わないのだと思う。

 年に何度か、僕も眠い写真が撮りたくてたまらなくなることがある。で、そういうときのためのレンズは何本か用意してあって、さいきんはオペマ用の広角、ラルゴール30ミリを使うことが多い。ただしこのレンズ、使い方にはちょっとしたコツがある。それは天候と時間と被写体を選ぶことからはじまる。


※米国製カメラ特集『贅沢な写真機』は近日中に再開します。

制作協力:山城優子


2007年11月07日掲載

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