* 連載フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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水上バスで乗り合わせたチェコ人青年。チェコピール談義のあとで快く撮影に応じてくれた。
Konica AutorefrexT3 + Hexanon AR50mmF1.7 / FUJIFILM Neopan100ACROS
(C)Keita NAKAYAMA



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レンズを向けるとチャーミングな微笑みを返すイタリアン。旧レンズらしい絶妙な軟らかさがよく似合う。
Konica Acom-1 + Hexanon AR57mmF1.4 / FUJIFILM Neopan100ACROS
(C)Keita NAKAYAMA



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「大きく重く眠たい」まるで昔の某社のエンジンみたいだった頃の国産一眼レフ。このマミヤCPは同社初の一眼レフシリーズ「プリズマット」系列の掉尾を飾る機種でM42マウントを持つ(発売は1964年)。露出計はシリーズ初期の非装備〜中期のセレン外光式を経て、ここで漸くCdS受光素子を採用した。ただし測光は外光式のまま、そのレンジも二段切り替え式でメーターは軍艦部天面に置かれ、おなじ年に発売されたアサヒペンタックスSP(TTL測光システムと視野内メーターを持つ)の前では過去の遺物でしかなかった。マミヤの35ミリ一眼レフはその後もレンズマウントを再三変更しつつ80年代まで生き残る。
(C)Keita NAKAYAMA

『SLRとの対話 #2』

 日本で最初の35ミリ(ライカ判)一眼レフがつくられたのは、1952年のこと。開発は旭光学工業(現ペンタックス)で、その製品名はアサヒフレックスl型だった。これは今の一眼レフの原形ではあるけれど、ファインダーは上から覗くウェストレベル、とうぜん視野の左右は逆転する。またミラーはレリーズ後の巻き上げに同期して復帰するタイプで、つまり戦前ドイツのエキザクタや戦後東独のプラクチカから半歩も進んでいなかった。当時の国産カメラ産業はまだ黎明期だったし、世界的にみても市場の主流は二眼レフやレンジファインダー機で、一眼レフは学術向けなどの特殊なカメラと見なされていたのだ。
 そのマイナーな存在を「カメラの代名詞」にまで押し上げたのは、ひとえに日本のカメラ技術者の切磋琢磨のおかげという。ペンタプリズムの搭載こそ東独コンタックスに遅れをとったものの、それに続くクイックリターンミラーの開発やTTL測光システムの搭載など、日本の一眼レフは世界の先頭を走り続けてきた*。
 こうした革新が進んだ時代の製品、つまり50年代から60年代の国産一眼レフは商業的に成功を収めたものが多く、その一部は今も市場に流通している。特殊なものを除けば探すのは難しくないし、基本は機械式カメラなので撮影機能を保つことも容易だろう。
 ただし、そうしたカメラたちを使って愉しいかと問われれば、これは素直に肯けない。撮影の手順は今とさほど変わらないけれど、結果に自信が持てないことが多々あるし、じっさいに失敗も多いからだ。もっと言えば「失敗しても愉しくない」のである。

 もちろんこれは僕個人の意見であって、この時代の国産一眼レフを愉しんでおられる方も多いと思う。趣味の道具は機能性ではなく、使い途や使い手の嗜好で評価が変わるので、意見が分かれるのは当然だ。では僕がなぜネガティブな印象を受けるかといえば、その根っこは一眼レフそのものの成り立ちにある。
 思うに、これはやはり万能性が優先された道具であって、言ってみればパソコンみたいなものなのだ(じっさいそれに近づいているが)。本体にいろんな装置をくっつけていろんなことができるという利便性のために、あちこちで無理をしている。技術が進歩した今ではそんな文句も聞かれなくなったけれど、初期の一眼レフは十年前のパソコンみたいに、使用者にガマンと妥協を強いていたところが多いのだ。
 それなら、おなじ時代の他の方式のカメラたちは、ガマンと妥協を押しつけないのか。はい、もちろん押しつけはありますよ。でもレンジファインダー機や二眼レフ、それにチープな目測機なんかは、嘘やゴリ押し感がないというか、さいしょから欠点を隠そうとしていない。レンジファインダー機の近接撮影用アタッチメントなんか、もう傍目に涙を誘うような仕掛けで、思わず同情して買ってあげたくなる。昔も今も一眼レフに欠けているのは、そういうおバカな可愛らしさなのだと思う。
 と、今回は本題を逸れて文句ばかりで終わる。次回は僕が愛せる旧い一眼レフについて書くことにしよう。


*注:東独ツァイス・イコン製のペンタプリズム搭載一眼レフ「コンタックスS」は1949年、おなじ機構を採用した国産機「ミランダT」は55年の発売。またクイックリターンミラーは57年の「アサヒペンタックスAP」、TTL測光システムは64年(試作機の発表は60年)の「アサヒペンタックスSP」が世界初搭載した。


2008年02月20日掲載

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