* 連載フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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標準レンズでもパース感を強調した広角的な撮り方はできる。露出は中央部重点測光でも「出た目」で問題のない条件だが、肌の微妙なトーンを出すにはやはりスポット測光を選びたい。顔とその背景にプラス1段の補正をかけて撮った。
Contax RX + Auto Yashinon DS-M 50mmF1.7 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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「隠れ名玉」の誉れ高き? ヤシカML35mmで。右手から入る直射光で期待したハレ描写になった。ディスタゴンならもう少しコントラストが高いはず、それでもカラーバランスが崩れない点は立派だと思う。ピントは目ではなく髪のハイライト部に置いている。
Contax RX + Yashica ML 35mmF2.8 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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初代RTSの流れを汲む表情が異邦人的なコンタックスRX。フルメタルなボディは剛性感、質感ともに最上レベルだがダイヤル部のプラ部材が惜しいところ。軍艦部の操作部材は多めだがよく整理されており、同時期の「グラスコクピット化」されたカメラよりも設定が直感的に分かる優れたデザインだ。ただし左手操作のシャッタースピードダイヤル(これもRTS以来の伝統配置)は慣れが必要で、また操作部材の感触はいまひとつ統一感と品位に欠ける。遮光効率の高いフードは古典レンズには必須のもの(画像の装着品は非純正)。ハレ描写が欲しい場合以外は常時装着したい。
(C)Keita NAKAYAMA

『SLRとの対話 #5』

 年末にケータイを換えたら、メールがひどく打ちづらくなった。例によって取説を読まないため(だけ)ではなく、操作部材の感触に馴染めないからだ。
 こういうソフトは日進月歩で進化しているので、文字入力は新しい機種ほど素早くできる。それがいつまでも上手くできないのは、豊富な変換候補(もはや恐るべき辞書と化している)を選択するジョグダイヤルが「ゆるゆる」だからである。すわ初期不良発生かと思ったが、どうもそうではないようで、長い爪を駆使する若い女性の操作に合わせてあるらしい。つまりこちらは想定外ユーザーということ。メーカーやキャリアに文句を言っても取り合って貰えないだろう。
 幸いにも、カメラでそういう思いをすることは、今のところあまりない。これはメーカーが爪の長い女性ユーザーを想定していない、わけではなくて、操作ミスによる失敗を減らす、つまり「操作の確実性」を重視しているためだろう。
 メールは何度でも打ち直しがきく(やってるうちに嫌になるが)けれど、写真はそうはいかない。おなじ条件で撮り直しができない場合が多いし、ちょっと気のきいた写真がブレていたりすると、軽めのスナップすら失われた傑作に化けて、けっこう惜しかったりする。これはたいがいの人間にインストールされている「記憶を美化するソフトウェア」の所為で、もしも子供の運動会などで失敗すると悔しさあまって憎さ百倍、その憤りをカメラにぶつけるひとも出てくるだろう。だからカメラメーカーは失敗を減らす努力をする。技術者も大変だ。

 とはいえ、ミスを防ぐことと感触を良くすることは、また別のジャンルの話である。というより、操作の確実性を追求したら感触は悪くなるのが普通だ。業務用の放送機器や軍用の無線機などは最たる例だけど、ノブやダイヤルはどれも大型で、使い手に操作を委ねられた機能部材は驚くほど整理され、その作動感も色気や快適性とはまったく無縁の世界である。ほんらいはこれがフェイルセーフというか、失敗を排除する王道なのだが、カメラはそうはいかない。
 もうひとつ、感触を良くするのはお金がかかる、ということもある。これは昔の機械式カメラに顕著な傾向で、安価な製品はそれなりに、といっては可哀想だけれど、操作部材の手応えに多くは望めない。滑らかで確実な動きをさせるには、特注の部品や精密なベアリングなどをたくさん使わないといけないからだ。そういう贅沢ができない場合は、メカの負担をなるべく減らす設計で妥協点を探る。やはり技術者は大変だったろう。

 70年代の国産SLRを使ってみて実感するのは、それらが後々の同種カメラよりもずっと「業務用」に近い雰囲気を漂わせていることだ。機能はどれも必要最小限に近く、だから操作部材の配置にもゆとりがあって、多少の感触の悪さ(作動感の渋さ)もあまり気にならない。なかには必要と思われる機能すら割り切りよく省いてしまっている場合もあるけれど、それはユーザーの見きわめが出来ているということ。使い手にあれこれ迷わせない、重要な操作を忘れさせないという利点もあるので、文句を言うのは止めておこう。
 カメラの多機能化というのは、常に自動化とセットで進められてきた。ピント合わせも露出もフィルム感度の設定も、カメラにすべてを委ねてしまえればこんなに楽なことはない。ところがそれを自分でやりたい、というユーザーがいると、メーカーは自動化された部分のマニュアル操作を開示する。電子化されたカメラでは操作部材は文字通りスイッチに過ぎないから、カメラの構造を気にせず好きな場所に置けるとはいえ、デザインは煩雑に、操作は複雑化するいっぽうだ。自動化に自信を持つ技術者なら、ミスを誘発するマニュアル操作など本当は伏せておきたいところだろう(業務用機器でも微調整用の部材はサービスハッチの奥に置かれている)。
 そして失敗を防ぐいちばんの方法は、カメラに慣れることである。長い爪の先でメールを打つ女の子だって、ちゃんと練習をして出来るようになったはずなのだ。もうひとつついでに書いておくと、多機能や利便性に惹かれる前に、それがほんとうに必要か、よく考えてみるべきだと、これは自戒を込めて思うのだった。


*モデル:大谷亜季


2008年04月02日掲載

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