* 連載フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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半世紀前の東欧製レンズで撮る。光はどこで寄り道をしているのだろう。
Meopta Opema Ia + Belar 45mmF3.5 / FUJICOLOR PRO400
(C)Keita NAKAYAMA



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雨上がりの歩道で。今のカメラとレンズでは絶対にこう写らない。
Meopta Opema Ia + Belar 45mmF3.5 / FUJIFILM Neopan400 PRESTO
(C)Keita NAKAYAMA



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ハレーションと手ブレとピンボケ。パリのどこかの広場みたいなイメージ。
Meopta Opema Ia + Belar 45mmF3.5 / FUJICOLOR PRO400
(C)Keita NAKAYAMA

『デジャ・ヴ(既視感)』

 これしかなかった時代は、きっと苦労しただろう、と思う。他でもない、レンズのことだ。

 旧い機材を使っていると、ときおり不思議な写真を撮ってしまうことがある。ロールフィルムのなかに、なにやら異質なカットが紛れ込む。誤ってレリーズボタンに触れたわけでもなく、確かに自分の意志で撮ったはずなのに、誰か知らないひとの写真のような違和感がある。そういう経験をしたひとはけっこう多いはずだ。
 これは旧式のレンズに限って起きるのだけど、いったいなぜだろう。

 写真用レンズは謎に満ちている。でもそのカラクリは、すべて物理学で説明できるらしい。光は電磁波の一種で、ちょうど水面を移動する波のように空間を伝わっていく。震動しているのは目に見えない電気と磁気だけど、やはり水面の波とおなじように物質に当たると跳ね返される。これを「反射」という。
 光が水面の波と違うのは、ある種の物質をすり抜けることができるところだ。ガラスや液体など、透明度の高い素材がそれにあたる。この性質のおかげで、僕等は明るい部屋で暮らせるし、高い空から地上を眺めながら旅をすることができ、そして写真を撮れる。
 ところで光には面白い性質がある。ガラスのように透明な物質をすり抜ける際に、空気と接する面(境界面)で進む方向を変えるのだ。この性質は「屈折」と呼ばれ、写真用レンズはこれを利用して遠くのものを引き寄せたり、広大な風景を写し取ったりする。屈折の角度はレンズの曲率やガラスの種類によって変わるけれど、それは計算で導き出すことができる。つまり写真用レンズというのは、ほんらい曖昧さのないものなのだ。
 ただし今よりもずっと昔のレンズは、今よりもずっと乏しい技術と素材でつくられ、また計算の人手(コンピュータなど存在しなかった昔は人を雇って計算をさせていた)も足りなかったので、光を正しい方向に導くことができない。またレンズの表面で反射して迷子になる光も多く、計算通りの結果が出ないということもよくある。そういう道具を使うと、写真は滲んだりぼやけたりする。
 旧いレンズを使っていて、自分が撮った覚えがない写真、見た目の印象と異なる仕上がりが得られた場合、それはこのようにレンズ固有の性質で脚色された結果である。もしもそれで説明がつかない事象があるとしても、学問から外れた道に答えを求めれば、話はオカルトっぽい方向に行ってしまう。そこにロマンを感じるのも自由だけれど、よくある念写のようにわけのわからないものを写して面白がるのは、写真とは別のジャンルの趣味だと思う。

 とはいえ、旧いレンズにはやはり謎めいた魅力がある。これは学問とも神秘主義とも違う、もっと世俗的なレベルのことだ。
 冒頭に記したように、ある種のレンズはある条件で不思議な描写をする。まるで昔の写真家の作品集から抜け出してきたような、妙にレトロっぽい調子の写真が撮れたりするのだ。画面の周辺が甘いとかコントラストが低いとか、そういう単純な理由ではない。いったい何が起きたのだろう?
 写真をじっと眺めて解析していくと、大抵はいくつかの原因が重なった結果と分かる。微妙なブレや露出の過不足があって、そこに斜光線のハレーションが重なったりすると、もともと危ういバランスがさらに絶妙に崩れて、得も言われぬ絵になる。そこに既視感を覚えるとしたら、昔の写真家が使っていた、技術的に未成熟な機材や感材の特性が再現されるからだろう。いわば凡ミスと偶然でつくられた秘伝のタレ、みたいなものだけれど、そういう描写をもしも気に入ってしまうと始末が悪い。もういちどやろうとしてもおなじ結果はまず得られないのだ。
 写真をやっていて面白いのは、実はこういう「割り切れない答え」を出すレンズを使うときである。それは「おなじものは二度と撮れない」という、あたりまえの真理を突きつけてくるからだ。


*制作協力:クニトウマユミ

※『SLRとの対話』は、次号より再開します。


2008年05月07日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部