* 連載フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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大口径レンズの絞り開放はスプリットイメージに頼るのが確実。ただしマット面には画面のどこででもピントを合わせられる(コサイン誤差を生じない)という利点がある。優劣は単純につけられないが、こういう写真では全面マットの方が表情に集中できる。
Asahi Pentax ESII + SMC Takumar 50mmF1.4 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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明るめの広角レンズで。絞り開放の被写界深度はそれなりに浅い。
Nikon FE2 + Ai Nikkor 35mmF2S / FUJICOLOR PRO400
(C)Keita NAKAYAMA



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先の年末にやって来たもう一台のSLR、ペンタックスK2。スクリューマウントで一時代を築いた旭光学(現・ペンタックス)が満を持して送り出したバヨネットマウント採用機で、1975年の発売。名機SPの系列から十数年ぶりとなる完全新設計だがボディサイズはほぼ不変、前回に紹介したコニカT3よりもずっと小型で使いやすい。SP系で問題とされた暗いファインダーも銀蒸着プリズムで明るく、また露出計の受光素子に応答速度の速いSPDを採用するなどリファインが進み、ほぼ現代に通用するカメラとなっている。ファインダースクリーンは非交換式だが、購入時にスプリットイメージ式と全面マット式の二種類から選択できた。
(C)Keita NAKAYAMA

『SLRとの対話 #7』

 使い慣れたニコンのスクリーンを換えたら、別のカメラになってしまった。大袈裟だけど本当である。
 なにを今さら、と言われるかもしれない。でも僕はカメラをデフォルトで使うタチだし、スクリーンやミラーは何となく「アンタッチャブル」のイメージがある(なんかカタカナばっかりですね)。つまり下手にいじって傷やゴミを付けてしまうのが怖いのだった。下手にいじって全損にしたこと、あるもんなあ。
 もうひとつ、交換用のファインダースクリーンは「マニア向け特殊用途」の雰囲気を強く感じる。たとえば全面マットは天文写真家の、方眼マットは建築写真家の御用達感があって、照準器のような十字線入りはゴルゴ13向けか。よくわからないけど、そういうIQ高そうなジャンルの撮影など、自分には縁がないと思っていたのだ。

 さて、世界で最初にスクリーン交換を可能としたSLRは何か。これはたぶん東独イハゲー社のエキザクタ・ヴァレックスだと思う。それ以前にも写真家の要望でスクリーンのカスタマイズは行われていたけれど、それは大判などのビューカメラでグラウンドグラスに方眼の枡目を切るとか、そういう手法だったはずだ。
 エキザクタが偉いのは、ここに構図決定の目安になる線を描くだけでなく、ピント合わせそのものを助ける工夫を入れたことである。その工夫とは、おなじみのスプリットイメージ、つまり一対の楔形プリズムを組み合わせ、その像のズレで合焦面を正確に検知させる方法だ。1950年代のはじめ、まだSLRそのものが揺籃期にあった時代の発明だけれども、これはなかなか目のつけどころがシャープではあった。
 ただしスプリットイメージそのものが抱える問題点として、レンズの実効F値が大きい場合、つまり暗いレンズや絞り込んだ状態のそれではプリズム面に翳りが生じる。これはすなわち測距不能を意味するので、エキザクタにも旧来の全面マットスクリーンが用意されていたし、スプリットイメージのプリズム周辺はマット面が敷き詰められていた。
 そのマット面も初期のものは(たぶんサンドブラスト加工でつくられた)単純な磨りガラスで、欠点が多い。アウトフォーカス面のボケ具合が「わりあい忠実に」観察できるという利点はあるにせよ、なにしろ暗くてピントの山がつかみにくく、磨りガラスのざらざら感も目障りなのだ。
 これではイカン、と思った技術者たちは、SLRのファインダー視野を明るくする知恵を競い合うことになる。まず持ち出されたのがフレネルレンズ、つまり同心円状に溝を切ったスクリーンで全体を一種のコンデンサーレンズとする方法だ。これはファインダー視野を明るくするのには確かに有効で、60年代から70年代にかけてのSLRで採用が相次いだ。初期のものはフレネルのピッチが粗く、同心円が見えてしまう欠点があったけれども、やがてそれも克服された。
 今でもこの時代のフレネル付きスクリーンを観ると、その明るさに驚かされることがある。機種によっては現代のスクリーンと同等か、または1絞りくらい明るく感じるほどだ。ただし弱点もあって、被写界深度が実際よりもかなり深く見える。つまり中央部(に設けられたスプリットイメージ)以外ではピントの山がほとんど検知されない。これはかなり致命的な欠陥だったので、フレネルはほどなく絶滅への道を辿る。
 この連載で紹介している70年代のSLRは、ちょうどフレネルが絶滅して、マット面そのものの改良が進んだあたりの製品だ。残念ながらスクリーン交換機能を持つ機種は採り上げていないけれど、購入時にはスプリットイメージの有無を指定できるものもあったらしい。まだまだ技術を模索中というところだろうか。

 SLRのスクリーンはその後も絶え間ない技術改良を受け、今も進化を続けている。でもその進化の方向は、昔とはちょっと違うところを目指しているようだ。これはAF技術の発達によって、ピント合わせが機械に委ねられるようになったためだ。確かにその方が正確だし、一瞬のチャンスにも対応しやすい。
 では旧いSLRは、進歩から取り残された遺物でしかないのだろうか。いやそんなことはない、趣味の写真では面倒なマニュアルフォーカスにも愉しさがある。そう思いつつ、冒頭のニコン(FE2のスクリーンを発売時の純正品からFM3A用の「K3」に換えた)のファインダーを覗き、ちょっぴり複雑な気分にもなった。視野明晰でスプリットの翳りも生じにくいこの傑作スクリーンを、片っ端から昔のSLRに移植できたら、どんなにか撮影が楽になるだろう、と。


*制作協力:クニトウマユミ


2008年05月21日掲載

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