* 連載フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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絞り開放付近で。おなじ時に撮影したフジカ35Mの画像と比較すると僅かにハレっぽく、また色の純度はこちらが高く感じる。両レンズの設計には20年の隔たりがあるのだが、こういう条件ではどちらも破綻がなく現代でもじゅうぶんに愉しめる。
Konica Acom-1 + Hexanon AR40mmF1.8 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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モノクロでもトーンは出しやすい。ただしハイライトの白飛びは早めに起きるので、露出設定は慎重に。
Konica Acom-1 + Hexanon AR40mmF1.8 / FUJIFILM Neopan100ACROS
(C)Keita NAKAYAMA



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早朝のツキジ・マルシェにて、絞り開放・最短撮影距離の薄いピント面(被写界深度は15ミリほど)を肩口に置き、前ボケだけで作画した。やはり逆光には弱いが、ダブルガウス特有の軟らかな描写は魅力的。
Konica Acom-1 + Hexanon AR40mmF1.8 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA

『SLRとの対話 #9』

 興味が湧いたので、当時の特許公報を取り寄せてみた。そこには前述の収差補正の問題と、それを解決する方法がきちんと記されていた。かなり専門的な話になるので、要点のみを抜き出すと、ここでは前群と後群のパワー配分にあまり差を付けないように、通常の変形ガウスをさらに変形させている。そう書くとなんだか意味不明だけど、この設計が独創的なのは、普通の変形ガウスでは「手つかず」の、いわば不可侵の領域にまで手を入れたところだ。
 具体的には、前群の二枚目と三枚目のエレメント形状が通常と逆になっている。つまり標準的なダブルガウス構成(変形ガウスでも前群はたいがい一緒)では正正負、となる配列が、このレンズでは正負正の順番に置き換えられているのだ。特許公報によれば、この設計で前群のパワーを高め、後群の負担を弱めることで良好な収差補正を実現、さらにレンズ後方に必要な空間(レンズ最後面からフィルム面までの距離=バックフォーカス)も確保できる、とある。当時にあってこれはコロンブスの卵的発想だったらしい。
 1977年に出願、翌々年に公開されたこの特許は、おなじ年に発売された「FS-1」というワインダー内蔵カメラの標準〜準広角レンズとして商品化された。薄型の愛らしい外観で、今もパンケーキレンズの名品とされる「ヘキサノンAR40ミリF1.8」である。

 さて、僕がこのレンズに興味を抱いたのは、上に記したようなレンズテクノロジーだけではなくて、その独得な描写に魅せられたためでもある。これは国産では珍しくスイートスポットが狭いレンズで、もっとハッキリ言うとかなりの「癖玉」なのである。
 普通に使ってまず気付くのは、逆光に弱いことだろう。いぜん掲載した画像でも明らかなように、レンズ面に太陽光などが入射すると、その角度によってはけっこう派手なフレアを生じる。おなじ時代のヘキサノンレンズは逆光に強いものが多いので、ちょっと不思議な気もするが、これはレンズの形状や配列と反射防止膜の性能、それに鏡胴内部の設計が結びついた結果なのだろう。
 順光で使っても、コントラストはさほど高い部類ではなく、むしろ平板な絵になることが多い。だが光や撮影距離などの条件が揃うと、ときにハッとさせられるような三次元描写をみせる。これも国産レンズでは珍しい性質だ。
 絞り開放でもピントはかなり優秀で、そこから像がなだらかに溶けていくさまはガウス構成特有の素直さと思え、ただしそのピントの芯が完全に溶けきる中間あたりに、ちょっとゆらめいたような独得の気配が残る。この性質はポートレートやスナップの雰囲気描写には有利に働くことも多いけれど、おなじ絞りで夜景を撮るとかなりとんでもないことになる。画面周辺の点像は同心円方向に長く尾を引き、単焦点レンズとは思えないような暴れた絵になるのだ。
 こうした特有の描写傾向の多くは、おそらくレンズに残る収差によるもので、だとするとこの変形ガウスの設計にはかなり無理があったことになる*。類似した構成のレンズが後に続かなかったことも、ひょっとしてそれを裏付けているのかもしれない。でもレンズの癖というのは、じつはかけがえのない個性でもある。それを活かすも殺すも撮り手しだい。これはたんに技術の限界に挑戦しただけでなく、ツボにハマったときの描写を引き出すべく、撮り手の挑戦意欲をかきたてるレンズなのだ。

 特許公報の発明者の欄には、小西六写真工業(現・コニカミノルタ)の下倉敏子さんの名が記されていた。下倉さんは70年代に同社の多くのレンズを設計されており、やや地味ながら評価の高いAR50ミリF1.7などもこの方が手がけられたものである(AR40ミリにはその後群のコンセプトが活かされている)。
 これはいぜんにどこかで読んだ話だけど、ニコンの名設計者として知られる脇本善司さんも、このパンケーキレンズの設計を賞賛しておられたそうだ。真偽は不明だが、もし事実とすればその賞賛は、内外に類例のない設計をまとめた下倉さんの着想と手腕に向けられたものであるはずだ。ベレークやベルテレの伝説だけでなく、僕らはそういう話も語り継いでいくべきではないか。


※制作協力:脊山麻理子


*注:もちろん絞れば収差の影響は消えて欠点の目立たない描写になる。これは多くのクラシックレンズも同様だが、AR40ミリは「絞り開放で甘い」わけでは決してない。


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写真・文/中山慶太
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2008年06月18日掲載

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