* 連載フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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暗めの室内で。天井には蛍光灯、カメラ背後の窓から自然光が差し込んでいる。こんな時に微妙な露出の加減で肌の質感がとても綺麗に出ることがある。蛍光灯の淡いカブリが壁と髪、服の色で上手く揃った。
Contax RX + Yashica DSB50mmF1.9 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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日没後の路地裏。背景と服、そしてカメラの色の組み合わせで撮った一枚。最新のレンズでもこんな光だと発色は絶妙に渋くなる。
Nikon FE2 + Distagon 35mmF2 /FUJICOLOR PRO400
(C)Keita NAKAYAMA



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曇天の屋外。露出はカメラの「出た目」からプラス2段の補正を加えている。ウクライナ製レンズの性質(こういう条件ではコントラストが低め)と相まって、僅かにフラット気味な絵になった。
Nikon FE2 + Mir-24N 35mmF2 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA

『SLRとの対話 #12』

 カメラを買った知人から電話があった。愛機のジマンかと思ったらそうではなくて、露出に不具合が出るという。
 こんなとき、メールではなく電話で相談というのは、古くさい手法だけど質疑応答が手っ取り早くてありがたい。相談の前に取説を熟読していただければさらに手っ取り早そうだけど、問題の物件は最新のデジタル機で、160ページほどある取説を読んでも原因がよく分からない。ついでに複数ある露出モードも、どれを選ぶべきか迷うらしい。
 そこで数十分かけて、写真の露出を決めるカメラの仕組みを説明する。先方はそういうことにあまり興味のない、いわばごくごく普通のひとだから、僕の話も途中で飽きてしまったようだ。この件でつくづく感じたことがふたつ。「露出の原理は、知らずに済めばそれに越したことはない」「中途半端な知識は墓穴を掘るスコップである」。
 ひとつめは電話の相手に、二つめはもちろん僕自身に向けられたことだ。

 道具を使うことで問題を素早く解いたり、間違いのない答えを出す行為は、文明の名のもとにひろく行われている。これが数学の試験だったら、どの方程式を使って解いたか、そのプロセスも問われるところだけど、写真は結果がすべて。どんな手段で答えを導き出しても構わないし、むしろ答案そのものよりも、そこに込められた意図の方が重視されたりする。
 だから面倒な露出は、他のもろもろの雑事といっしょでキカイマカセにすればいい。この考え方は電卓の持ち込みが許された試験にも似ている。写真の露出は計算の正確性に多くを負っているとはいえ、そもそもの狙いが外れていれば正確な答えは得られない。その原因にはちょっと深遠な理由が働いているのだけど、ともあれ技術者は間違いをなるべく少なくするために、カメラに改良を加えてきた。その取り組みの歴史は、もう70年ほどになる。

 歴史上最初に露出計を積んだカメラは、たぶん戦前ドイツのコンタックスIII型(1935年)だったと思う。これはセレン受光素子の自己発電機能を利用した単体露出計を軍艦部に載せたもので、露出の「出た目」(推奨値)は撮影者がカメラに移し替えなければいけない。これはやはり不便なので操作を省略する工夫が編み出された。露出計と絞りまたはシャッター速度を連携させる「連動露出計搭載機」である。
 ところが、その正常進化の道筋を外れて、写真の露出を一気に機械に任せてしまおうという、いささか強引だけど合理的な考え方をする会社もあった。米国コダックが1938年に(!)発売した「スーパー620」という機種*は、セレン露出計を搭載し、その指示値に合わせて適正露出が得られるよう、絞りを制御する機構が搭載されていたのだ。これは当時にあってとんでもなく進んだ機構で、おなじ考え方の自動露出機構が一般に普及するまでに二十年以上を要したのだから、やはりアメリカは大した国である。
 興味深いのは、そのコダック製AE機が積んだ機構が、ほぼそのままのカタチで数十年を生き抜いたことだ。この自動露出メカは露出計の指針を櫛形の部品で挟み込み、その位置を絞り制御機構に伝達する。つまり電気信号をいったん位置情報に変換し、その情報をもとに絞りを制御している。今から考えれば回りくどいやり方だけど、電子回路による記憶演算装置(つまりコンピュータ)がまだ電話の交換機みたいに大型の装置だった当時は、カメラに組み込めるメカとしてはこれがほぼゆいいつの合理的な解だった。
 この連載で僕が使ってきたカメラにも、この露出制御メカを積んだものはけっこう多い。60年代の国産AE機は概ねこの方式でシャッター速度優先AEを実現しているし、この特集に登場するコニカ製SLRも基本的におなじメカを採用している。そのコニカがSLRにこの自動露出メカを初搭載したのは1965年の「オートレックス」で、同機は世界初のAE一眼レフと位置づけられる。
 ではSLRのAE化はここから一気に加速したのか、といえば、それが実はそうでもないらしい。その理由をいろいろ考えてみると、写真の露出そのものが孕む問題も浮かび上がってくる。


制作協力:クニトウマユミ


*注:「コダック・スーパー620」=日本では一般に「スーパーロクニイマル」と呼ばれるが、現地での呼称は“Super Six-20”である(620はフィルム規格に由来)。本機は世界初のAEカメラで、設定したシャッター速度に合わせて露出計の受光面積を可変させる機構を搭載、また連動距離計も備えるなど当時の最新技術を盛り込んだカメラだった。


2008年08月06日掲載

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