* 連載フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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日没後の光を待って往年のポラロイド風に撮る。コントラストは「後処理で出そうと思えば出せる」のだけど、それでは普通の絵になってしまう。
Contax RX + Yashica DSB50mmF1.9 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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空と服の色で露出が引っ張られそうな条件。こんな場合も中央部重点測光はさほど問題のない露出値を出してくる。ここでは壁面の露出(18%グレーに近い)を基準に補正を加えて撮った。
Nikon FE2 + Mir-24N 35mmF2 / FUJICOLOR PRO400
(C)Keita NAKAYAMA



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日没直後の川辺で。水面の反射光(後処理ですこし調子を出している)は強め、カメラの出た目では必ず露出アンダーになる条件。桟橋の床面で露出を取っていたら思わぬ笑顔が出た。
Nikon FE2 + Distagon 35mmF2 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA

『SLRとの対話 #13』

 先に知人から受けた電話相談で、いちばん返答に迷ったのは「露出モード」の話だった。知人が購入したデジタル機では、このモードダイヤルにPSAMの刻印がある。つまりプログラム、シャッター速度優先、絞り優先の三種のAEとマニュアル露出操作が選べるということだ。
 僕と違って真っ直ぐな性格の知人は「どのモードがお勧めか」とストレートな質問を投げかけてくる。それはやっぱり、いちばん失敗が少ないのは「P」でしょう。カメラがぜんぶ考えてくれますから。
「カメラが考えるって、AI(人工知能)みたいなもの?」いやそこまでは行ってません。でもそれに近いと思いますよ、何しろ膨大な撮影データをもとに露出を決めています。Pと多分割測光の組み合わせなら、逆光でも滅多に外さないんじゃないかなあ。いぇまあその、僕は(Pモードを)絶対選びませんけどね。
 最後にうっかり口を滑らせたおかげで、知人の納得はけっきょく得られずじまいだった。

 高度に進化した現代のカメラには、複数の露出モードを積む機種が多い。そういう機種はたいがい、測光範囲も複数から選択できる。中央部重点測光(=画面中央部の感度を高めた全面測光)、スポット測光(=画面の一部分のみに感度を持たせた部分測光)、そして画面を複数に分割して同時に測光する多分割測光(マルチパターン測光)である。
 カメラメーカーのカタログを受け売りすれば、この種の多機能はその場のTPO、つまり撮影の条件と表現の意図に合わせて選ぶことで「必ず適正露出が得られる」仕組みである。じっさいに使ってみるとその通りで、考えているヒマがない場合(と考えるのが面倒な場合)は「Pと多分割測光」にしておけば、ほとんどの場合で問題のない露出となる。
 では進化の途上にあったカメラたち、たとえばこの連載で採り上げているような70年代のSLRはどうか、といえば、AEを積んだ機種でも露出モードはSかAしか選べなかった。つまりカメラを選ぶ前に、自分はシャッター速度と絞りのどちらを優先したいのか、その見極めができないと財布も開けなかったのだ。
 測光範囲もたいがいの機種は中央部重点のひとつだけ。ライカフレックスみたいな部分測光は異端とされた。一部コニカ製SLRのように、「装着するレンズの焦点距離に応じて測光範囲が可変する*」という器用なモデルもあったけれど、それが果たして使いやすいか、といえば答えに窮する。
 ついでといってはなんだけど、この時代のSLRの多くは露出計の応答速度もまったりとしていて、カメラを構えて構図を決めて、AEまかせで即レリーズ、なんて真似はちょっとできない**。

 70年代のSLRが複数の露出モードを積めなかったのは、これは単純に要素技術が成熟していなかったためである。絞り優先方式のAE機は電子式シャッターが必須で、この技術が実用化されたのが70年代初頭。シャッター速度優先機の登場から5年以上も遅れたわけで、人物写真などで被写界深度を重視したい撮り手は、ここでようやく自動露出の恩恵にあずかれることになった。
 さらに70年代後半にはシャッター速度/絞りの両優先に対応するAE機も登場し、受光素子の応答遅れの問題も解決され、自動露出を積んだSLRはここでいちおうの完成形となる。そこから先の歴史は、積み残した技術をカメラの僅かな隙間にどうやって押し込むか。つまり電子化による集積度の向上が鍵となり、露出制御も電子デバイスの記憶と演算速度に頼るようになり、半世紀前にコダックが発明した「露出計の指針を櫛形の部品で押さえ込む」ような、電気と機械の動作を折衷したメカを積むカメラはどんどん過去のものとなっていく。

 ではじっさいに、その完成にいたる前の「半端なAE機」を使うとどうなるのか。この話はちょっと長くなるので、続きは次回にて。


制作協力:クニトウマユミ


*注1:70年代のコニカ製SLRは受光素子の前面に置かれた集光レンズの特性で測光範囲の可変を実現していた。この受光素子をペンタプリズムの両脇に適切な角度を持たせて配置することで、広角レンズでは部分測光、標準レンズでは中央部重点、そして望遠系レンズでは全面測光に近い特性となる。

**注2:初期のカメラ内蔵露出計はセレン光電池、すこし時代が下るとCdS(カドミウムセル)を受光素子として用いていた。セレンは自己発電型で電池が不要だが感度を高めるには大面積のセルが必要となる。CdSはバッテリー駆動で小型化が容易だが応答速度が遅く、測定値が安定するまでに1〜2秒を要する。これを解決したのが現在も主流のSPD(シリコンフォトダイオード)受光素子で、一眼レフへの初採用はフジカST801(1972年)である。


2008年08月20日掲載

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