* 連載フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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あけましておめでとうございます。
Nkon FE2 + Carl Zeiss Distagon 25mmF2.8 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA




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真冬の風が吹く前に。
Leica M5 + Summicron 35mmF2 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA




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海辺の光は最高の演出家だ。
Nkon FE2 + Arsenal Mir-24N 35mmF2 / FUJICOLOR REALA ACE
(C)Keita NAKAYAMA


『砂とアルミと帆布のバッグ』

 ひさしぶりに海辺でロケをした。冬の海はそれだけで絵になるけれど、撮るなら風が冷たくならないうちがいい。
 機材はカメラ四台にレンズが数本。中くらいサイズのビリンガムに詰めて出かける。このバッグはもう15年くらい使っていて、いつもぎちぎちに詰め込むものだから、インナーの間仕切りがくたくたになった。キャンバス地の「がわ」には破れもほつれも見えないものの、使い込むうちに腰がなくなって、着古した麻のジャケットみたいに型くずれしている。機材にも使い手にもちょうどいいヤレ具合だ。
 いつもとちがうのは、荷物に三脚を加えたこと。この連載用の撮影はフットワークの軽さを旨としている、わけではなくて、普通のひとがフツーに旧いカメラで撮る、いってみれば普段着の写真からあまり外れずにいたい。だからカメラはいつも手持ち。三脚立てると写真もぱりっと、よそ行きのジャケットみたくなっちゃうからね。
 それでもたまに脚が欲しくなることもある。街中なら電柱とか街路樹とか、三脚の代用品には事欠かないのだけど、海辺ではそうもいかない。

 カメラやレンズと違って、三脚には特に年代物へのこだわりがない。いま手元にあるのはジッツォのラージサイズと中型のカーボン、それに国産のアルカスという、ちょっとコアな大型三脚。大判カメラで有名なリンホフ製のものもある。これは浜松の池田さん(この連載に登場する機材でいつもお世話になっている方)が衝動的に手放すと言い出したので、緊急避難のつもりで預かった。そのうち返却する予定だから、外には持ち出さず大切に使っている。
 大型のジッツォとアルカスには3ウェイの雲台を載せて、おもに室内での撮影に使う。似たようなサイズなのでふたつも必要ないし、だいいち縮めても畳んでもデカくて邪魔なのだが、なぜか手放せない。特にアルカスは素材に鍛造アルミやチタンを奢ったこだわりの設計で、重いけれどもそれ以上の剛性感がある。見た目の洗練にいまいち欠けるのと、発売時期(90年代初頭だったと思う)がカーボン三脚の登場と重なった不運もあって、あまり売れなかったようだけど、これはとてもいい脚だ。
 そのカーボン三脚、僕も発売されて間もなく手に入れた。雲台はやはりアルカスのボールヘッド、ジッツォによく似たハンマートーン仕上げだ。いらい旅行や取材のほとんどはこの組み合わせでこなしてきたので、逆さにして振るとエジプトやイランの砂が出てくるか? いや、それは絶対にない。なぜかというと、もう何度も分解掃除を繰り返してきたからだ。
 三脚は砂に弱い。特に砂浜や砂漠で使うと、どれほど気を遣っても伸縮の透き間が細かい砂を喰う。そうなると締め付けはじゃりじゃりで、もうゴミ箱に捨てて帰りたくなる。もちろんそれを実行するほど短気でも剛毅でもないから、帰宅後に総バラシをするのだが、四段三脚の締め付け部は合計9カ所。外したパイプも合計9本、部品の総数はその三倍。ジッツォは素人でも簡単にバラせるのが救いだけど、砂を完全に払ってからカーボン製のパイプをマスクして、アルミ合金のネジ部分にディグリーザーを吹き付け、丹念にグリスを除去して新しいグリスを指で塗るのは、けっこう面倒だ。自転車整備やカメラの掃除とちがって、こんなのは愉しくもなんともない。

 新年早々に掃除の話というのもアレなので、もうすこし気の利いた話をしよう。旧いカメラに似合う三脚は何か、これが意外にむつかしい。中判の、それも二眼レフなら木製三脚も佳いけれど、ライカ判の金属カメラを載せると工事現場の測量士みたいになる。カーボンは論外としても、さいきんの製品はほぼ全滅だろう。やはり年代物を探すしかないのか。
 いや、ひとつだけ、といっても旧製品の復刻だが、新品で買えるクラシック三脚があった。それはティルトールというアメリカのブランドで、長らく絶版だったものが十年ちょっと前に限定で再生産されたのだ。僕も予約を入れて手に入れて、ちょっぴり華奢な雲台にバルナックを載っけて悦に入っていた。サテンクロームのカメラに白っぽいアルミのパイプがよく似合い、部屋のインテリア物品にも最高だったのだけど、傷をつけるのが忍びなくてほとんど使わない(使えない)まま知人に譲った。彼に言えなかった本音をここに書くと、僕にはちょっと手応えがなさすぎたのだ。

 カメラも三脚もバッグも、いや道具はなんでも、長く使っていればヤレてくたびれてボロっちくなる。これを「買い換え時」といって、その時期が来るまでガマンして使う。それが佳き家庭人の証だったのは、もう二十年も前までだろうか。今ではわざわざ旧いものを探して使うひとも増えている。
 そこで「新しいものが売れないと経済が回らない」といわれれば、確かにそうかもしれない。でも「旧くなっても使いたい」と思わせるものをつくることだってたいせつだ。便利さを否定するのでも、後ろ向きな懐古趣味に浸るのでもなく、僕らは手応えのある道具を求めているだけなのだから。


制作協力:クニトウマユミ


※「マゼモノ -mixture-」は次号より再開します。



2009年1月7日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部