* 連載フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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コダック・バンタムスペシャル。芸術品のような仕上がりを見せるカメラは多々あれど、造形を純粋なアートとしてここまで突き詰めた量産カメラは他にない。漆黒の仕上げは塗装ではなくエナメル(琺瑯)で、表面硬度はきわめて高く擦り傷を生じにくい。シルバーのラインはモールドで浮き上がらせたリブをエナメルの硬化後に研ぎ出したもの。ボディにも前蓋にもアールが入るので研ぎ出しには相当な神経を遣うはず。外装はすべて軽合金製で、この写真では巻き上げノブと直立用スタンド(収納式、前蓋の下部に頭が覗いている)のみがスチール製。
(C)Keita NAKAYAMA




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前蓋を開けレンズボードを引き出せばカメラらしい表情が出る。レンズまわりの工作はたいへん緻密、文字数字の刻印も同時代のコダック製品とは次元が違う仕上がりだ。シャッタースピード/絞り数値外周の彫り込み(このカメラではほとんど唯一の「機能と無関係な装飾」)が螺旋状となっているところに、幾何学に強いティーグの個性が垣間見える。ファインダーは構図用とピント用がそれぞれ独立した二眼式。対物レンズが前にせり出す距離計はツァイス・スーパーイコンタに似た方式だが、旋回プリズムを持つドレイカイル型ではなくレンズの傾斜のみでピントを得ている。撮影レンズはエクター45mmF2、ライカ判換算で約40mmの画角に相当する。なお本機による実写は次回以降で掲載予定。
(C)Keita NAKAYAMA





『マゼモノ -mixture- #3』

 シグネット35はアートを着込んだカメラだ。そう書くと褒めているようだが、もうすこし深い意味がある。
 外観を特長づけているのは、アルミ合金の地肌が放つ鈍い輝きと左右の強い対称性、そして各所に施された深い「彫り」だろう。わずかに下にすぼまる背の高いボディは最初期のニコノス(原形はフランス製の「カリプソ」)によく似ている。どうしても大柄になる水中カメラと違って、シグネットは左右幅をぎりぎりまで詰めたのだが、これはコンパクト化よりも左右対称のフォルムにこだわったためだろう。そのため通常は一対で使うスプロケットギアを片側のみとし、フィルムゲートの下に埋め込むなど機構的にかなり無理をしている。
 執拗に反復される水平のラインも、機能とはあまり関係がなく、アルミ合金の鋳造という素材と製法を強調する、ただそれだけのために与えられた装飾と思える。つまりこの意匠は「機能を包んだカタチ」ではなく、「最初にカタチありき」のデザインなのだ。昔のカメラにはそういう物品が多かった? いや、機械式カメラでそれをやると後始末がたいへんだ。シグネットもメカ屋さんは苦労したんじゃないかと思う。
 では、デザイナーは何を意図して、というよりどんな妄想に駆られて、このカタチをつくったのか。それを推し量るには、シグネット35の登場からさらに15年ほど時計の針を戻す必要がある。1936年に生まれた「コダック・バンタムスペシャル」こそ、軽合金による一体成形ボディの先駆けであり、そして工業デザインという名のアートを(おそらく世界ではじめて)纏ったカメラだった。

 この時代、コダックはタイプ135ロールフィルム(現在まで続く35mmフィルムの規格)の普及をはかるいっぽうで、よりスチル写真向けに特化したフィルムを市場に投入していた。タイプ828*という名称があたえられたそれは、135とおなじ幅のフィルムで別のユーザー層を狙った規格だった。1935年、このフィルムの発売にあわせ、「バンタム」というペットネームを冠した新たなカメラシリーズの展開がはじまる。そこに一年遅れで加わったシリーズ最高級機が、件のスペシャルである。
 このカメラを手がけたのは、ウォルター・ドーウィン・ティーグ。二十世紀前半のアメリカ工業デザイン界を代表するひとりであり、レイモンド・ローウィやノーマン・ベル・ゲッディーズ、ヘンリー・ドレイフュス**、ハロルド・ヴァン・ドレンなどとともに、「インダストリアル・デザイン」の基礎をつくった人物とされる(現代の工業デザインはこうした巨匠たちの影響を必ずどこかで受けている)。

「口紅から機関車まで」の惹句で有名なローウィほどではないにせよ、ティーグもまた守備範囲の広いデザイナーだった。いや、考えようによってはティーグの方がずっとスケールが大きい。なにしろ彼の仕事は「カメラから建築まで」をカバーしていたのだ。そしてコダックはその両方のクライアント***でもあった。


コダック・バンタムスペシャル機材提供:三好浩二氏


*注1:タイプ828フィルム(通称「バンタム判」、現在は絶版)は135と同一幅のフィルムを用い、より大きな画面サイズ(135の通常規格であるライカ判=24mm×36mm、バンタム判=28mm×40mm)を実現していた。そのためフィルム送りは片側パーフォレーションとされた。もともと135は映画用の長巻きフィルムを短く切ってパトローネに押し込んだもので、一対のパーフォレーションもシネカメラ/プロジェクターの高速給送にあわせたものだから、828の規格は理に適っていたのかもしれない。フィルムは裏紙付きのショートサイズ(基準撮影枚数8コマ)のみで、135のパトローネよりもずっと小振りなのでカメラの小型化も容易だった。また画面比率や背面の赤窓での送り確認、そしてコマ数など中判の6×9判カメラに準じている。コダックの真意はおそらく「慣れ親しんだ中判感覚で扱える小型カメラ」にあったのだろう。

**注2:ヘンリー・ドレフュスはこちらのカメラのデザイナーとしても有名。

***注3:ティーグの主なクライアントと仕事はボーイング(旅客機の内装デザイン)、テキサコ(ガソリンスタンドチェーンの店舗外装を白の陶器のようなデザインで統一した=現在のCI/BIの先駆け)、ウェスティングハウス(医療用装置や電車の内装など)、マーモン(高級乗用車の外装デザイン)、ポラロイド(最初期のランドカメラ)などなど。彼はまたプロダクトデザインのみならず、コダックの一部社屋やフォードの博覧会パビリオンなどさまざまな建築デザインも手がけている。


2009年1月21日掲載

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