* 連載フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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フォールディングカメラならではの芸として、スタンドを引き出せば垂直に立てることができる。ただしセルフタイマーの備えはないので自分撮りには長尺のレリーズが必要(完全なディスプレイ用か)。ボディ断面の舟形形状は当時流行のストリームラインに沿ったもので、左右両端の切っ先はデッドスペース。ここを切り詰めればあと1センチは幅を詰める余地がある。前板を支えるX字形の「タスキ」はきわめて頑健なつくり、長期間の使用でもピント精度は高いはず。前蓋に突出するレンズキャップ状の円筒部は別体部品をかしめて装着しており、これはレンズ先端部を納める「逃げ」というよりデザイン上のアクセントだろう。円筒の内側にはモデルおよび製造者銘がモールドで浮き上がる。
(C)Keita NAKAYAMA




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バンタムスペシャルの実機を手にして、「どこかで見たような」という長年の疑問が氷解した。左は戦後の西独アッパラーテ社の「アカレッテ」。裏蓋が最中みたいに開く不思議なカメラだが、真鍮プレス製の「がわ」を脱がせれば、ボディの断面形状や軍艦部の造形がコダック製品を下敷きにしたことが明らかになる。カウンターやアクセサリーシューなど、機能部材の追加がカメラデザインを汚して(失礼)いったこともよく分かる。アカレッテもじゅうぶんにコンパクトなカメラだが、小径の828フィルムを使うバンタムスペシャルの薄さは群を抜く。
(C)Keita NAKAYAMA





『マゼモノ -mixture- #4』

 夜中に独りで書き物をしているとき、机の上には旧いカメラが載っていることが多い。白熱電球に照らされた金属塊を眺めているだけで、なんとなく心が落ち着いて考えがまとまるからだ。そうやって骨董品を相手に深夜の妄想にひたっていると、不眠不休の仕事先からとつぜん電話が入って、思いついたアイデアはつかの間の安寧とともに消えていく。まあ、すぐに消えるような閃きはどうせたいしたものではないし、クライアントはたいせつにしないといけない。
 ところで「クライアント(client)」という言葉、今はいろんな業界で盛んに使われているけれど、意味としてはカスタマー(顧客)と大差ない。そういえばいぜんに取材したイタリアのカーデザイナー氏も、「クリエンテ(cliente)」という語を連発していた。だから語源はラテン語かと思ったら、「いえ、ギリシャ語でしょう」という。「イタリアではたいせつな仕事の相手をパトローノ(保護者、後援者)と呼びますが、それは純粋アートの分野で多く使われる言葉です」。
 パトロン、すなわち35ミリフィルムを保護するあのカートリッジとおなじ語源である。彼の言によれば、商業デザインは顧客とつくり手が対等の立場で仕事を進める。でも純粋芸術には保護者が必要で、それなしでは滅びてしまうのだという。
 クライアントという言葉の語源は未だによくわからない。でもこれが一般化したのは、おそらく二十世紀半ばのアメリカ、それも工業デザインや広告などの分野であったと思う。すぐれた商業デザインが大量消費の原動力となった時代、それを生み出すデザイナーたちは保護の必要な芸術家ではなく、知識と洞察を備えたスペシャリストとして自立したのだ。
 そしてコダック・バンタムスペシャルを生み出したウォルター・ドーウィン・ティーグもまた、広範な知識と深い洞察を兼ね備えた新世代のデザイナーであった。

 ディーグとコダックの結びつきは、1920年代の後半に手がけたいくつかのプロダクトデザインが端緒とされる。商業イラストレーターとして短期間の欧州滞在から帰国した彼は、ニューヨークを拠点に工業デザインの仕事をはじめる。
 この時期、ティーグがどんな提案でクライアントにアプローチしたのか、それを知らせる資料には出会っていない。でも彼は帰国した翌年にコダックからカメラのデザインを任されている。年齢的には40代半ばといえ、畑違いで無名のデザイナーを起用するところに、アメリカという国の深い懐をみる気がする。
 彼の初期の作品である「No.1 Gift Kodak」などは、ティーグの才能がよく表れた逸品だが、それは造形というほどのものではなく、箱形カメラの表面に二次元で描かれたグラフィックに過ぎなかった。ただし直線と真円のモチーフを反復するそのグラフィックには、この作者ならではの個性と主張が宿っていた。ティーグはアールデコ全盛期のアメリカに、バウハウスの文法を持ち込んだのだ。
 ティーグの傑出したセンスに感銘を受けたコダックからの依頼は、年を追うごとにより高度なものとなる。そして両者のコラボレーションは、1936年に発売されたカメラでひとつの頂点をきわめた。そのカメラ「コダック・バンタムスペシャル」こそ、アートに奉仕する道具をアートそのものに昇華させた(おそらく歴史的に唯一無二の)作品である。と同時に、これはまた大量生産と大量消費を前提とする「工業デザイン物品」の金字塔でもあった。


コダック・バンタムスペシャル機材提供:三好浩二氏


2009年2月4日掲載

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