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* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 23 良い映画を作るな

 「すぐれた映画とは、とにもかくにもまず、すぐれた娯楽から出発する。そして。すぐれた娯楽に徹しているうちに、それが“何か”を語り、“何か”を訴え出すということがもっとも望ましい」
石上三登志(※注)




 映画は娯楽でありそれ以上のなにものでもない、その映画を観た人が充分に楽しみ浮き世のウサを一時忘れることが出来たなら制作者はそれを誇りに思うべきだろう。

 もしそれがそれ以上の価値を持つことが出来たなら、つまり観た人に大いに感銘を与えたり人生について深く考察するきっかけとなったりしたなら、簡単に言えば「良い映画」になったとしたら、望外の幸運と言えるだろうが始めからそれを狙うべきではない。

 そもそもプロデューサー、監督を始めとしたスタッフが一丸となって努力しても面白い映画にならない事も多々あるのだ、それを考えればのっけから「良い映画」を作ろうとする行為は「俺(達)が作るからには面白くて当然」という自信過剰(か傲慢)、又は「面白くなくても構わない」という独善の産物と言えるだろう。

 ところがまあどういう自信家が集まったのかはじめから「良い映画」を目指した作品というものが時折世に出る、自信のあまりに目がくもっているのか出来不出来の判断さえつかないらしい(というのはまあすこし言い過ぎで、制作者にはその映画が面白いのかどうか判断がつかないのが普通だが)こういう映画はスクリーンの向こう側に「良い映画でしょう」「感動しましたね」「この良さがわからないならあなたはダメな人です」というプラカードを持って立っている人の姿が透けて見える。

 物欲しそうな、志の低い行為と言えるだろう。

 まあこういった足下をおろそかにして高望みをする行為が映画の神様の機嫌を損ねないわけはなく、たいていは面白くもなく良くもない物が出来るのが普通だが。

 ・・・と、まとめにかかってからこんなこと言うとぶちこわしなのだが、「語りぐさになるような良いSF映画を作ろう」という合い言葉から始めて、文字どおり語りぐさになる「2001年宇宙の旅」を作り上げたスタンリー・キューブリックとアーサー・C・クラークってやっぱすげェ。


次週「面白い映画を作れ」に続く


※注:石上三登志氏「SF映画の冒険」(新潮文庫)より


2002年03月20日掲載

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