* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number


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Roll 20の回で使った「東京時代劇事情」の写真
撮ったまんまです、どうにも使えません。



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背景を入れ替えました、
栃木県下都賀郡の空です。





Roll 27 後始末

 とある特撮TV番組の話。

 一人住まいの老婦人の家に宇宙人がやってきて騒動を起こすというコメディ仕立ての話があった。この古びた家の居間には仏壇があり、おそらくご主人であったろう人の位牌があって常に灯明がともされている、カメラは居間のあちこちに移動してさまざまなカットを撮りあげた。



 さて撮ったフィルムを現像し、編集/加工の手を加えずとりあえず見てみる試写を「ラッシュ」と呼ぶ、慎重に撮影されているとはいえどのようなミス、事故があるかわからないのでラッシュが上がるまでは安心出来ないのが映画だ。

 アメリカでは現像所が夜も動いているので撮ったフィルムはその夜のうちに現像され翌朝一番で前日のラッシュが見られる(この試写をアメリカではデイリーと呼ぶ)問題が生じても前日のセッティングが残っていればすぐ撮り直しができるのでこれは便利だ。

 しかし日本はそうはいかない、現像は翌日朝からなのでラッシュがあがるのは早くても夕方、この間手をこまねいていることは出来ないので「問題はないものとして」先へ進むしかない、NGがでたら絶体絶命にまずいのでラッシュを見るまでこのセッティングは残しておきます、という場合もタマにあるがそんなことが出来るのはセットにも機材にも余裕のある作品だけだ。



 このときも「当然問題はないものとして」セットはバラしてしまった、そしてなにもかも手遅れになった時問題が発見された、仏壇のロウソクに火が灯っていないカットが1つあったのだ。

 ロウソクなどというものはフレームに入っていないときやテストの時は消しておくのが普通だ、これはただ単に「もったいない」ということではない、撮影は作品中の時間軸にそって行われるわけではないので減るもの/増えるものに関しては注意が必要ということだ、つまりマメに消すことで長さの不整合をおこさない配慮なのである。

 でもこの配慮が裏目に出た、ロウソクの点灯、消火は小道具もしくは装飾部がその任にあたるものだがその場には助監督だっているしスクリプターも目を光らせていたはずなのだ、多くの人間がうっかりしたとしてもカメラマンはロウソクを目にしているはずなのだ、誰か一人がこれロウソクはどうなっているの? と思えばすむことなのにエアポケットのように見過ごされてしまったというわけだ。

 しかし改めて見るとどうしてこれに気が付かない? というほど大胆にロウソクは見えている、放置は出来ない、しかしセットも役者も、そもそもスケジュールもない。
 ・・ということでリカバリーは合成屋さんの手にゆだねられた。CGで炎を作り、デジタル編集機で合成する、念のいったことでカメラは縦にパンしているため合成屋さんは位置の変わっていくロウソクを手作業で追う必要さえあった。

 現場のミスを後処理班が救った見事な例である、「デジタル様」(と我々は畏敬を込めて呼ぶ、まあ狭い世界の話ですが)ならではの離れ技だが、これほどやりがいもなく他人に評価されない合成カットもないだろう。
 一番最初に後処理班に話をしたのが誰だったか私は知らないのだが、これほどバツの悪い立場もないだろう。

 そしてこれほど後処理ではなく後始末と言うにふさわしいカットもなかっただろう。

■次回は…「デジタル様」


2002年04月17日掲載

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