* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number


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5番目の男








Roll 30 セカンド

『映画を作るということは、普通の仕事と違って何か特別なことをやるかのように思っている人も少なくないだろう、(中略)あくせくしたサラリーマン生活なんか合わない、映画はなんとなくワイワイと楽しそうだ、自由に創造的なことをやる方が自分にむいている……。

 勝手気ままな学生生活を送ってきたからといって、映画を作るという自由な雰囲気が自分に合っていると思いこまれたりするとまことに迷惑だ。
 映画を作るということは人を相手に仕事をするということだ。その点では、他の多くの仕事と変わりはない。』

大森一樹


 と大森一樹は言っているのだが誰しも自分の仕事は「ハタで見るほど楽じゃないよ」と言いたがるもので、自由で楽でしょうがないとは普通言わない(言う奴がいるならそれは詐欺師だ)
 でも映画作りに自由な雰囲気があるのは確かで、時に楽しいのも確かだ。

 しかしここにはワナがある。

 長いこと某外資系テーマパーク(って日本には2つしかありませんが)に出稼ぎに行っていた特撮系美術(?)の女性が2年ぶりに映画に復帰してきて「映画ってけっきょく使える人しか残らないからいいよね」としみじみ語っていた。

 正社員として企業に雇われた人間は人間性や能力に問題があっても簡単にはクビにならないのでそんな人間が上司についた日には現場の苦労は筆舌に尽くし難い、ひるがえって見て映画では使えない人間はいつのまにかいなくなり、長く残っている人間(自分の上司であれ他のパートであれ)はそれなりの人間ばかりなので仕事が楽だと言うのだ。

 そう、映画では使えない人間は「いつの間にかいなくなる」。

 正社員をクビにするのは大変だ、「使えない」などという漠然とした理由ではとうてい出来ない、しかしフリーランスの集合体である映画では2〜3ケ月ごとにスタッフが集合、離散を繰り返している、腕が悪い/人とコミュニケーションが取れない/遅刻が多い、など、つまりは「使えない」と判断された人間は単に次に呼ばれないだけだ、呼ばないと宣言されるわけでもなく、呼ばれない理由の説明もなく、ただつぎの仕事の電話がかかってこない。

 これは怖い、資格も免許もいらないし、経歴も年齢も問われない、自由と言えばまことに自由、でも純粋に職業人としての腕が問われるわけだ。

 でも「腕」ってそんなにきっちりわかるもの? という問いには「わかる」としかいいようはない、やっていること言っていること、目のくばり腰の運び、それこそ自分の助手でなくとも、はじめて行った現場の初めて見るスタッフでもしばらく見ていればそいつのポジションや腕や経験はわかる。

 この逆が先週の答えとなるだろう、つまりサードはどうやってセカンドにクラスチェンジするのか? ということだ、つまりは「なんとなく」だ、資格試験もないし申請書類もない、上の人間が一人前と見なしてくれれば上にあがれる。

 どっかのスタッフルームで技師が一人また一人と新作映画の助手を集めているとする、そろそろあいつも上でやっていいころだろう、という声が誰かから出たとして、そこにいる人間が賛同すればそいつは次回からセカンド扱いだ、誰かがあいつはまだまだだと思いますね、といや見送られる可能性はある、しかし普通その辺で意見の相違が出ることはあまりない、つまり「腕」は誰が見てもわかるということなのだ、映画屋はそれほどにきびしい職業であるとも言える。


※注:大森一樹氏「星よりひそかに」(東宝出版事業室)より文章を引用させて頂きました。


2002年05月08日掲載

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