* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number


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現場で「チーフ」とだけ言えばそれは撮影部チーフを指します。








Roll 31 チーフ

 映画人として一人前と見なされればセカンドだ、そのクラスの人間の居場所は一杯ある、しかしどこの業界でもそうだろうが上にいくに従ってポストは少なくなる、チーフはセカンドと違って1現場に1人しかいないのでここに昇格するには「なんとなく」以上のものが必要だ、それはなんだろうか。

 チーフというのは実際に現場を切り回す人間であり、技師になにごとかあっても即座に仕事を代行出来る必要があるので、技も知識も技師クラスであることが要求される(共に有資格者であり経験だけが違っているパイロットとコパイロットみたいなものかもしれない)

 監督は別として、だから他のパートの技師が病気、事故、遅刻で現場入りが遅れても撮影が遅れる可能性についてはあまり心配されない、チーフがいりゃOKでしょということだ。
 またスケジュールが遅れてきたので2班体制をとるということがある(というか私の場合ここ何作か、参加した映画が別班体制に「ならなかった」ことが無い)その場合別班のトップに立つのはチーフだ。

 言われたことをきちんとこなせるのがセカンドであるとすれば、何をするか、それをどうやって行うか決断するのが技師ということになる、ならば技師の代行をする可能性のあるチーフは決断力がなくてはつとまらないということだ、ここが言われたことをこなしていればいいセカンドとの分かれ目ということになるだろう。

 ところで決断を下すのは難しい、それは明確な結果をともなって返ってくるからで結果がどうあれその責任は決断した人間が負わなくてはならないからだ、ところがチーフはその責任を一部逃れている。

 技師は大きな権限を持っていて命令一過助手全員を悲惨な目に合わすことも出来るし(!)自分のパートに関する最終決定権も握っている(ギャラも助手より遙かに高い)その権限は責任と表裏一体のもので手放したり委譲したりすることは出来ない。
 そして世の中に権限だけあって責任を取らなくてよいなどという都合のよい商売はない、だから逆に言えば最終的な決定権を持ち得ないチーフは最終責任を取らなくてもよいということになるわけだ。

 チーフに何かを任せるということは、判断は任せる、責任は技師が負うということに他ならないのだ。

 最終責任を負う必要がなく、自由裁量の余地もあり、培った知識経験を活かして現場を動かしているという実感があったチーフ時代が一番面白かったかな〜と今になって思うのだがもちろんあとには戻れない。


2002年05月15日掲載

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