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操演技師(私)


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 33 戦訓

 「武田信玄に学ぶビジネス戦略」などというコピーがある雑誌の吊り広告を電車でよく見かける、中世日本のいくさ人と現代ビジネスの間にどれだけの相関があるのかいな(アホか)というのが昔の私のスタンスだった、実際これをまじめな顔して読んでいる人間は、駅売りのスポーツ新聞をまじめに読んでいる人間と同じくらいバカにしていたのだけれどごめんなさい、私が間違っていた(かもしれない)。


 技師に昇格すると仕事の内容が変わる、いままでは誰かの指示を受け、指示された作業をどれだけうまくこなしてみせるかが腕の見せ所だったわけだが、今度は「どうやるか」ではなく「何をやるか」を考えなくてはならない。(ビジネス誌風に言えばデシジョンメイキングが仕事になったということだ)

 さて仕事というものはたいていそうだろうが「新たな境地に臨む」などということはめったになく、たいがいはかつてやったことの繰り返しだ。
 でも時にはそれまでやったことがない技術、効果に挑戦しなければならないことがある、それを完成させるには多大の時間(もしくは予算)が必要で始めたら引き返せない(更に言えばやってみたけどダメでしたなんてことは許されない)。

 むかし昔、いつのことであったか仕掛けの設計方針で悩んでいたことがあった、いくつか方策が考えられるのだがどれにも一長一短があり、いままで培った知識、経験でも決め手がない、しかしともかく何かを選んで先へ進むしかない、そんな時。

「指揮官にとって必要なのは早く決断するということだ、その決断が正しければそれに越したことはない」

 という一文をたまさか読んでいた戦記物(第二次大戦物)に見つけて目からウロコが落ちまくった。

 言われてみれば、いままで助手として技師の下につき、あるいは技師として監督の要求に応えるべく働いてきて一番困ったのは、相手がなかなか結論を出さない、あるいは途中で気が変わった、という時だった。

 結論を出すのが遅かったり路線変更があったりすると時間のロスが出てあとあと苦しくなるという物理的な問題はあるのだが、それよりなによりこの人は自分のやりたいことがイメージ出来ていないのではないか? 自分に確信がないことを人にやらせているのではないか? と助手(やスタッフ)が疑問を持ち志気が下がることの方が問題なのだ。

 この一文はまさしく真実を言い当てているとその時思った、以後悩ましい決断をしたときは決断を遅らせることこそが最悪なのだと思ってやってきた。

 これが効を奏したのか今まで致命的なしくじりをすることはなかったので、ここで「戦争という極限状態の中で生まれた意思決定の方策は現代でも通用する汎用性があるのだ」と結論づけるとキレイに決まるのだが、そうとは限らないと今は思う。

 実はなんのことはない自分に自信がもてなかった時代、数ある言葉の中から自分に都合のいい言葉を見つけてきて自分をもり立てていただけなのかもしれない、とも思えるからだ。

 つまりは武田信玄が何を言ったかとか何をやったかいうことは問題の本質ではない、結論を出すのは常に自分であり、自分はこうしようと思った時、そこに都合のいい言葉があれば心の平安の一助になる(こともある)だけだ。(武田信玄が役にたたなければ次回の「上杉謙信からまなぶ人心掌握術」に期待してもよい)

 同じセリフでもどこの誰ともしらない評論家に言われるより武田信玄はどうだったと言われたほうがよりリアルに思えるわけで(言っているのは結局その評論家なのだが)もともとがそういう効用のものであればこれに異を唱えるのは間違っている、と今は思う。

 だから、アホかいなと思った雑誌、バカかと思った人ごめんなさい、今にして思えば私も似たようなことやってました・・ということなのだ。


 (でも駅売りスポーツ新聞を読む人は今も目一杯バカにしていますのであしからず)


2002年06月05日掲載

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