* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number


写真
---> 拡大表示










Roll 34 カメラマン

 各技術パートの助手連はいずれトップに立つ日を夢みて日々の仕事にはげんでいる。

 彼らは技師の仕事を補佐することによって技術を学ぶ。

 美術部の場合、たとえばデザイン画を描くのはデザイナーの仕事であり、完成したものを現場で運用するのは助手の仕事だ。
 しかし仕事量が多くてデザイナーの手にあまる場合、助手もデザイン画を描くことはある、それがメインか周辺のものかという違いはあるにせよやっている仕事は同じだ。

 操演部の場合だと助手の手で足りるかぎりは技師は動かない、技師は始めに仕事の方針の説明をするだけだ。(これを口で仕事をすると言う)

 結果、技が必要な部分には全部助手が付き「本番の時はフォグ焚きお願いします」などと言われ、誰でも出来るような仕事を私がしていたりする。

 ところが撮影部は事情が違う、助手がカメラマンになることを夢見て仕事にはげんでいることは同じだが、そのステージによってやることはまるで違うのだ。

 セカンドは機材整備とフォーカス合わせ。
 チーフは露出の決定。
 カメラマンがフレーミングとカメラオペレーション。
 と分業化されている。

 セカンドが忙しいからといってチーフがフォーカスを合わせることはないし、セカンドが暇だからと言って露出を測ることは絶対ない、全然違うパートが集まっているのと同じだ。

 撮影部のミスは他のパートの努力を全て無効にしかねないのでそれぞれの守備範囲を明確にし責任を持たせる仕組みだとは思う、機材/フォーカス/露出について完璧な理解がなければカメラマンはつとまらないので合理的なシステムとも言えるが、問題は長く撮影助手をやっていてもカメラマンとしての修行には(あまり)役立たないということだ。

 操演部であれば「明日の現場は簡単だからおまえ一人で行ってこい」などということがある、これは他のパートにもありうることで、自分一人の判断で行動し現場をこなすシミュレーションだ、しかしこれは撮影部にはあり得ない「簡単だから明日はおまえがカメラ回してこい」というカメラマンはいない。

 ありうるのはカメラが2台回る時やB班が立った時そのBキャメをチーフが覗くことがあるくらいだが、ことこまかにカメラマンが指示するのが普通なので、まったく白紙の状態でファインダーを覗くわけではない。

 というか、Bキャメが出るとよそからカメラマンが呼ばれてくることが多い(その時限りのカメラマンより流れを知ってるチーフが覗いたほうがいいんじゃないかと傍目には思うのだが、そういうものではないらしい)それほどにカメラマンとチーフの間には線引きがなされているというわけだ。

 でなにが起こるかというと「カメラマンになってみないとカメラマンとしての才能があるかどうかわからない」という恐ろしいことになる。

 美術部であればさきほど述べた事情によって「デザイナーになってみたらデザインの才能がないことがわかった」ということはない、操演部でも「技師になってみたら技も判断力もないことが露呈した」ということはありえない。(そういう奴は万年助手に留めおかれるか、早々に辞めていく)

 でもカメラマンはなってみて始めてそれがわかる、これは怖い。

 長い(10年とかそれ以上とかの)下積み生活をしたあげくにやっとトップに昇り詰め、即「全然使えねー」という評判が立って郷に帰った人間を私は2人まで知っている。

 一人はチーフとしてきわめて優秀な人物であったのだが、本人にとってチーフは上に立つための道標でしかないわけで、カメラマンとしてやっていけないならもう後戻りしてもしかたないわけだ。

 辞めていくのは当然なのだが、元撮影部という経歴はツブシがきかないのは言うまでもない、カメラマン志望というのは人生をかけたギャンブルであるということだ、それでも今日も多くのセカンドが重いカメラを担いで歩いている。


2002年06月12日掲載

<--Back     Next-->



Webmaster :
ammo@tokyo.fujifilm.co.jp
Copyright :
マカロニ・アンモナイト編集部