* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number


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ゼンマイ駆動の8ミリ(レギュラー8)カメラ
これで撮りました









Roll 52 映画を作る その2

 高校3年の時に一人で映画を作ることにした。

 当然自作自演ということになる、しかしカメラマンと俳優、最低でも2人いなければ映画は撮れない。
 結局放課後教室に残っている奴を誰彼なくとっつかまえては撮影につきあわせるという体制で撮影は進んだ。
 幸い、受験だからといって勉強以外に目もくれないような奴は生きている価値がない、というコンセンサスに満ちあふれていた我が母校では短期のスタッフを集めるのに苦労はなかった。

 日雇いスタッフは私の吹き替えとカメラマンをやってもらうことになる。
 まずは私が芝居を付けて吹き替え君に動いてもらう、それを見ながらカメラアングルを決定し、次に交代してカメラをのぞいてもらうのだ(ズームやパンなどのカメラワークはナシである)私の合図でカメラのスイッチを入れてもらい合図で停める、そのためラッシュ(未編集のフィルム)を見るとカット頭で私は必ずカメラの方を見て手を振っているし、カット尻ではカメラに向かって両手で×印を出している。

 フィルムは文化祭で上映されそこそこの評判を得たがそれがたたって私は浪人するハメになった。

 人はこれを「映画の道を目指しているからには当然のことだろう」と思うだろうがそうではない、そのときの私に「自分は活動屋になるんだ」という覚悟はなかったと思うからだ、というか「思う」もなにも、その時はグラフィックデザイナーになるべく勉強をしていたのだから間違いない。

 ではなぜ浪人を覚悟してまで映画を作ったのかと言われれば今はもうわからない、当時はわかっていたのか? といえばそうは思えない。
 ただ、ここで作らなければいけない、ここで作らなければあとでも作れない、ここで映画を撮ることはどうしても自分にとって必要なことなのだ、という衝動に突き動かされていただけのような気がする、その衝動がどこからきたのかももちろん今はわからないが。

「映画を作りたくてしかたありません」とmailをよこす人の気持ちはわかる、ということだ。


2002年10月30日掲載

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