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「ハレ板」がいっぱい


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 59 ハレーション その3

 さて前回ハレーションやゴーストは「強い日射し」や「逆光でものを見た時」や「まぶしさ」のリアルな体験でありアニメーション、マンガ、ゲームがこれを画面に取り入れていると書いた。

 リアルとは言ってもこれは本来肉眼でものを見ているときにはあり得ない現象なのだが、今や普遍的な経験として我々の記憶に刻み込まれているのだと言えるだろう。
 だからアニメーション、マンガ、ゲームなどがこれを積極的に取り込んでいるのは何も映画的表現にすり寄ろうということではなく、抽象化の度合いが大きいメディアとして「リアルさ」を表現するための技法として取り入れているのだと思われる。

 さて本家の劇映画においてはいくら時間がかかっても完璧に行わなければならない「ハレ切り」だが画面のすぐ外に強烈な光源がある場合などどうやっても切れない場合がある。
 しかし助手としては「このハレーションは切れません」とカメラマンに報告する役回りにはなりたくないはずだ、無理だとなればそのカメラアングルをあきらめるか、はたまた照明プランを変更するかの選択を迫ることになり事は重大であるからだ。
 また「本当に」無理ならそれも仕方ないことなのだがそれが自分の経験不足からくる判断ミスなら死んだ方がマシと思うほどに罵倒されるだろう。

 ときどき照明部が「今度カメラ向きのライトをフレームぎりぎりに置いてハレ切り出来なくしてやる」などと撮影助手を脅かしているのを見かける(ヒドイ)、ちょっと考えればイジワルするためだけに作品の照明効果を犠牲にする訳はないのだが、撮影助手は本気でビビる、つまりはそれだけ神経質になっているということだ。

 ところでこの間見た劇場アニメでは夕焼けのシーンで画面全体に赤いモヤがかかったような効果を入れていた、夕陽そのものは画面に入っていないのだが画面すぐ外に太陽がありフレアが起こっているという思い入れだろう。終日ハレ切リに奔走している撮影助手がこれを見たらずいぶんと複雑な心境になるのではあるまいか。

(次回「想像を超えた映像」へと続く)


2002年12月18日掲載

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