写真
---> 拡大表示

止まってしまっては、お話が始まりません。


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 67 四つ角

「トーストをくわえて走っていき、四つ角で男の子とぶつかる女子学生」を久しぶりに見たのはTVアニメーション「新世紀エヴァンゲリオン」だ。

 知らない人はまあ居ないと思うが、ありがちなロボットプロレスアニメ風に始まりながら次第に「人間とは何であるか」「他者と自己を隔てるものは何か」などという深淵にして難解なテーマに傾斜して行った一世を風靡した作品である。

 この第25話、最終話の1つ前、冒頭から主人公シンジ君は「何故自分は他人とうまくいかないのか」「生きることはなぜつらいのか」というどうどうめぐりの自問自答を繰り返していた。
 そしてその心象風景がこれまた実験アニメとしてもこれはどうよ? というような「斬新な」映像で表現されて、つまり話は煮詰まるところまで煮詰まっていたのだが・・

 シーンが突然ポンと変わったかと思うと、それまでの(シンジ君の内面を反映して)陰鬱だった世界感が一転し、晴れ渡った青空の下、それまで不可知の象徴であったヒロイン綾波レイがチャキチャキの女子学生になって登場し、トーストをくわえて「遅刻、チコク〜」と叫びながら走りだすのである。

 これは「自分が変われば世界は変わる」という命題を具現化したものであり、シンジ君が「ありえたかも知れないもう一つの世界」を象徴的に妄想したものなのだが、ということは逆に言えばこれは今シンジ君のいる場所からもっとも遠い場所にある世界と言える。

 さてシンジ君の持つ「他人とわかりあえない」という苦しみは特異なものではない。
 この作品がその問題の分析という一点に収束していったのも、それがウケたのも、それがすべての人に共通する問題であるからだろう。

 とすると「トーストをくわえて走ってくる女の子と四つ角でぶつかる」世界はシンジ君にとって(つまりは人にとって)一種の理想郷なのだという寓意と見て取ることが出来る。

 ・・などと書くと、こんなこねくりまわしたような理屈はかつてのエヴァンゲリオン症候群(当時「エヴァを読み解く」為の本がいっぱい発刊された)的な「深読み」だと言う人もいるかもしれない、しかしそうではない。
 最近のハリウッド映画にも実例があった、という話を次回にしたいと思う。


2003年02月19日掲載

<--Back     Next-->



Webmaster :
ammo@tokyo.fujifilm.co.jp
Copyright :
マカロニ・アンモナイト編集部