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まあこういうことなんでしょう。


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 69 One year later

 あまりと言えばベタな「四つ角で衝突する2人」で始まったこの映画、ラストは名作「ローマの休日」へのパロディ(オマージュ?)で終わる。
 まさしく「終始」おとぎ話。これは夢の中のお話であってリアリティなどは薬にもしたくありませんという制作者の主張に他ならない。
 そしてそのおとぎ話さかげん(?)は映画の中間部分でもいかんなく発揮されている。

 世界的大女優と恋に落ち、あまりの立場の違いに絶望し、失恋した(と自分で思いこんだ)田舎ものの主人公がうちひしがれ街の大通りを歩いて行くシーンだ。

 主人公は画面左からフレームインして通りに沿って右に向かって歩いて行く、カメラはそれを画面中心に捉えたまま一緒に右に平行移動してゆく。
 大通りは露店でにぎわっていて主人公とカメラの間を洋服、果物、雑貨など様々な屋台が横切って行く、始めの方にお腹の大きな女性が比較的大写しで入る、主人公の妹が恋人と仲良くやっている姿も画面を横切る。

 始めは暑いのかジャケットを肩に担いでいた主人公だが、しばらく歩くと冷たい雨が降り始めそれに袖を通す。主人公は歩き続ける、雨はやむが木枯らしが吹き始め枯れ葉が通りを舞う、と見るや雪が降り始め街は次第に雪景色へと変わる、道行く人も屋台の売り子もみな冬支度だ。
 陰鬱な空の下を主人公は寒そうに歩いて行く、交差点にさしかかると直角に交わった道の向こうに街が遠くまで見渡せる、一面の銀世界である。
 歩き続けると雪は止み、明るい陽光があたりを包む、恋人とケンカしている妹が画面を横切る、どうやら破局を迎えたようだ。
 あたりはすっかり春めいたかと思うと、冒頭の女性が赤ん坊を抱いて現れる、主人公はその子をあやす為に立ち止まり、カメラは主人公を追って振り返るようにパンするとそれまで歩いてきた街の大通りが一望出来る、街も人もすべて明るい春の景色になっている。
 というものだ、普通「一年後・・」という字幕で済ますカットをファンタジーに仕立てあげたわけだ。

 私は映画館で見て「オイオイちょっと待ってくれ」と思ったがもちろん待ってくれるわけもなくビデオで何度も見返したのだが、最後にカメラが通りを振り返るあたりがミソであって、つまりは大通りを始め夏で、途中を秋で飾り、そのあと雪景色の部分を作って、最後に春の風景で飾った「のではありませんよ」という制作者のサインである。

 まあビデオを何度か見直していると、どうやって撮ったかはだいたいわかるのだが、ともかくもの凄い手間と時間とハイテクを駆使しているのは確かだ。
 ぼーっとしていれば見逃しかねないこのカット(1シーン1カットだ)に何故にこれだけの手間をかけたのかといえば、つまり何度も言うようにこれが夢の世界であって、現実とは違う場所のお話なのです、という意味を込めるためだろう。

「四つ角で衝突して恋に落ちる2人」もそういう「おとぎ話」や「夢物語」の象徴として使われているということだ。

 次回は何故か世界のクロサワ。


2003年03月05日掲載

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