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ロケハン中の私


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 122 Saving Japanese movie <Part-2 Management>

 ノルマンディー上陸作戦、もちろんこれが本当の戦場なら状況は錯綜するだろう、兵隊は個人の性格と意思によっててんでバラバラな行動をとり、現場はカオスと化す。

 しかしこれは映画なのだ、役者に軍服を着せ勝手に戦争ごっこをしていろと指示するわけもない。
 テストを行ってみて不都合が生ずれば修正を加える必要がある、したがってカオスに見える状況も実際には何度でも反復、再現でき、必要なら修正可能な「お芝居」でなければならないわけだ。

 もちろん発砲する役はあらかじめ決定されて発砲銃をもたされているわけだし、砲撃による爆発にしたってパイロテクニシャン(火薬効果係)が勝手に砂に火薬を埋めているわけもない(アブナイ)。

 まずはそのシーンの演出意図によって撮影監督がカメラ位置やカメラワークを決定し、フレームが決まり「爆発」が映画的に気持ちのいい(!)場所で起こるよう決められる。
 そこへ何十、何百人という俳優が配置されて芝居がつけられるわけだ。
 誰が撃ち、誰が撃たれるかもそのときに決定されるだろう、もちろん爆発物の近くはスタントマンだ。

 ここまではまあ想像の範囲ではある、しかしそれから先が想像もつかない。
 いったい何人のアシスタントディレクターがいれば、無数の俳優に芝居を付けられるのか?
 アクションしてみて、これで行こうとなった時にいったい、何丁の銃が発砲することになり、何人が人体弾着することになるのか(それを誰が決定するのか?)それを何人のガンエフェクトと何人のパイロテクニシャンがどれだけの時間をかけて準備するのか?
 特殊効果パートの仕事量だけ考えても頭が痛くなる規模だ。

 しかし真に想像もつかないのは無数の要素を統合して本番に焦点を合わせて準備をすすめていく仕事、日本ではチーフディレクターの仕事になるわけだが、つまり全体の調整という部分なのだ・・・と、いう話を次回にしてみたいと思う。


2004年04月14日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部