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映画制作、それは労働集約的産業


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 123 Saving Japanese movie <Part-3 Bottleneck>

 ご予算少々の日本映画では我が操演部が発砲銃に弾を入れ、人体弾着を仕込み、地面に爆発用の火薬を埋め、本番時には戦場を流れる硝煙を焚いたりするが、ハリウッドではそんなことはない。

 ましてや「人手が足りないのでお手すきの方これお願い〜」などと他のパートに仕事を振るなどいうことはあり得ない。
 事故が起こった時は責任問題になるし、組合が強いので棲み分けがきっちりしているのだ。

 似たような仕事でも、各パートは独立して仕事をすることになる。
 労働者の権利を守るために必要なことなのだが、効率が悪いことは言うまでもない。
 たとえばあるカットでガンエフェクトが10人必要であり、パイロテクニシャンの仕事はないとする。またあるカットではパイロテクニシャンが8人、ガンエフェクトが2人必要であるとする。
 我が操演部なら10人いれば済む話だが、ハリウッドメジャーならガンエフェクトで10人、パイロテクニシャンが10人別々に待機する必要があるわけだ。

 言い換えるとこれは人材の配置に弾力性がないとも言える。このカットにガンエフェクトが10人しかいないんじゃ時間がかかって仕方ない、ということが起こったとしてもパイロテクニシャンは手伝わない(手伝えない)わけだ。

 人材の配置に弾力性がない、ということが何を意味するかといえば準備にかける時間の計画がシビアになるということだ。

 どこかにボトルネックが出来ると全てがそこのパートに揃ってしまう、ボトルネックを作らないためにはあるカットに必要な要素を前もって洗い出しておかなくてはならないわけだ。

 話が若干それるが、残念ながら日本映画でそんなことはまず出来ない・・という話を次回にしたい。


2004年04月21日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部