* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number


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新たな視線
モーションキャプチャー用赤外線カメラ









Roll 134 Viewpoint <6> Cutting

 カットが変わるたびにカメラが移動などしていられない。
 これはハリウッドメジャーでも同じことだ・・が実は本質が違っていたりする。

 細かいカット割りまで監督が決定して撮っていくというのは監督の作家性、芸術性を重視し、かつまたフィルムのムダをなるたけ省こうという日本の事情によるものだ。

 あちらさんでは、まず横位置にカメラが座ったらそこで芝居を全部撮ってしまう。
 男の視点にカメラが座ったらやはり初めから全部撮る。女の視点、ことによっては天井からの、斜めからの、低い視点からの絵も撮る、カメラが同時に回せるようなら一緒に回す。

 そうやってあるシーンを様々なアングルからそっくり記録してしまうのだ。
 5分のシーンでも、カメラポジションが6ケ所あったら30分ぶんの素材となる。

 日本方式であれば5分のシーンは(カット頭とカット尻のだぶり分はあるにせよ)5分でしかないのとくらべ贅沢な話だ。

 なぜこのような方式で撮るかと言えば、一部のスター監督を除いては、監督は「編集マンに素材を提供する係である(でしかない)」と認識されているからだ。
 つまり監督というのはまさしく現場監督、撮影現場を仕切り、役者を演出する係でしかないのだ。

 この方式の場合、編集作業というのはまさしく視点を切り替えていくことに他ならない。
 そしてその結果しだいで映画はいかようにも姿を変えてしまうのだ。

 だからアカデミー賞編集賞というのは権威がある・・なんて書くと日本の編集マンに殴られそうだな。


2004年07月14日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部