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* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 136 Viewpoint <8> HAL9000

 観客は客観映像を第三者の見た目であると間違って判断し、その場にもう一人居るのだと誤認することはない(・と4回前に書いた)

 未熟なカメラマンとなに考えてるのかわからない監督のコンビが時おり「おいおい、これ誰が見てるんだよ?」てな絵を撮ることもあるが普通はまず大丈夫だ。

 しかしこれが裏目に出ることもある。スタンリー・キューブリックの名作「2001年宇宙の旅」、この映画の主要な舞台である木星探査船ディスカバリー号には2人のパイロットしか乗っていない(他の乗組員は冷凍睡眠しているという設定で登場しない)

 宇宙の彼方を進むディスカバリー号内部でのドラマは一種の密室劇だ。
 当然この2人を同時に捉えた映像は客観映像であり第三者の目線ではない・・と言えないところがミソだ。

 ディスカバリー号には船内の機能を一手にコントロールしている「HAL9000」というコンピューターが搭載されているのだが、これは人間と同等の知性を獲得しているかに見えるスーパーコンピューターなのだ。そしてこのHALがモニターしている視点というものも存在する。

 これは微妙なところだ。

 映画には監視カメラのモニター映像というものがよく登場する、しかしそれには「監視カメラが存在する」という説明以上の意味はない。
 モニターTVをリアルタイムで監視している人がいるなら別だが、そうでないかぎりそれは主観映像とはいえない。カメラやビデオデッキが意思をもってそれを見て、何ごとか判断しようとしてしているわけではないのだ。

 ところがHALはそうではない。HALのモニター映像は誰か他の人間が見ているというわけではないがHAL自体が人と同じような意思をもってそれを見ているという設定なのだ。

 しかしそれがどれだけ観客に理解されていたろうか? なにしろ35年も前の映画なのだ。
 日本語ワードプロセッサが登場する更に10年前といえばその時代が想像できるだろう、普通に考えればHAL視点というものは監視カメラと同じ扱いだ。

 この映画のクライマックスで、2人のパイロットはHALの機能を停止させる相談をするために小型宇宙艇の中に閉じこもる(外部はいたるところにHALのマイクがあって密談が不可能であるためだ)
 しかしHALは宇宙艇の窓越しに2人の唇を読んで計画を知り、機能停止から逃れるべく反乱をくわだてる。

 ここで2人のパイロットが会話しているところを横位置から撮った映像はHALの見た目「主観映像」なのだが、 「第3の人物がいない場所で登場人物全員を捉えた映像は客観映像である」と常識的に受け取られてしまうと話が見えなくなる。

 結局「これはHALの見た目ですよ〜」という説明のために、その後HALのカメラアイをアップで大映しにする、というキューブリックらしからぬ説明カットが入ってこのシーンは終わっている。
「機械の見た目」という斬新なアイディアを出したはいいが、それを周知させるべく当時のキューブリック監督が悩んだあとが見えるカットと言ってよいだろう。


2004年07月28日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部