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撮影快調・・かな?


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 146 続編

「続編なんてダメなものと決まってる」by『スクリーム2』(1997年/米国)
 なのはなぜなんだろう?

 1作目は登場人物の紹介やら舞台の設定などやらねばならないことが盛りだくさんでストーリーに裂く時間が少ない。
 比べて2作目はそれらはあったことにして始められるわけでじっくりとお話を語ることができる。より面白い作品になりそうなものだが、ごく少数の特殊な例外を除いてなかなかそうならない・・・というより実際には死屍累々と言ってよい。

 こうまでダメだとこれにはなにかしら共通の原因があるのでは? と考えてみた。
 鋭く作品を分析し、深〜い考察をしたわけでは全然ないが、思いつくのは呪縛というものだろう、足かせと言ってもよい。

「小説にはマヨネーズをつくるほどの厳密さもない」<坂の上の雲 第一巻 あとがきより>と司馬遼太郎氏が言っている。まあマヨネーズ作りはそうとう厳密だと思うのだが(料理人が怒るぞ)意味としては自由にやっていいのだということだろう。

 映画だって同じだ、面白くするためには何をしてもかまわない。
 しかし何をしてもいいと言うためには白紙の画用紙が、まっさらな新雪が、線引きのされていないフィールドが必要だと思う。

 ここにあらかじめ前作の設定、つまり登場人物や、各人の性格、時代と舞台などなどという枠組みがなされていたらどうなるだろうか、これは一作目においては自由に飛躍できた想像力に足かせをはめていることに他ならない。

「自由に絵を描いていいよ、この枠線からはみださないようにね」とか「新しいゲームを作って欲しい、出来合いのルールには抵触しないようにね」と言われて良い物が出来るわけはない、続編はそもそも不利な条件から出発しているのだ。

 にもかかわらず続編が作られるのはなぜか、という話は次回にしよう。


2004年10月13日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部