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ロケハン−河口湖畔にて−
(ロケバスのキャリアには移動車、スタント用マットなどが載り、かつ現場では俯瞰台代わりになります。こういうごっついキャリアを載せたマイクロバスを見かけたら、中に居るのは私たちです)


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 170 Original【原作】part2

 原作付きの映画であった場合映画を先に観るか、原作を先に読むか。というお話の続きだ。

 前回、映画を観に行くということはすなわち自分のイメージを裏切られに行く行為であると言った。ならば映画が先のほうが良い? という話になるわけだが、そうとも言い切れない。
 なぜならまず「良い方に裏切られる」ということがあるからだ。

 なるほど、ここはこうきたか! と思わずうならせられることも多く、それはそれで映画の醍醐味と言える。
 誰もが原作を読みながら人を場所を自分の好きなように、最高のイメージを頭に思い浮かべているだろうがそれが「最良のイメージ」である保証はないわけだ。

 そもそも我々小市民にとっては見たことのあるもの、知っているものなどたかがしれている、そして個人の想像力には限りがある。
 逆に映画制作者はイメージをふくらませる専門家なわけで、各種のスペシャリストが腕を競って絵作りをする。それが個人の想像力を超えた映像を提供してみせるのは当然なのだ。

 つまり小説を映画化した場合、原作を先に読んでいるとがっかりすることもあるが、思いがけずイメージが広がって別な楽しみを得ることもある、ということになる。

 悪く出たばあいはシオシオのパー(怪獣ブースカの落ち込んだ時のセリフ)だがその場合でも原作が面白かったという事実には変わりはない。

 うまくすれば、原作は面白かったし映画もこれはこれで良いということになる、つまり一粒で二度おいしい。

 じゃあ、映画を先に観た場合はどうなるのか? という話が次回<part3>に続く。  


2005年04月13日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部