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映画屋の楽しみは、人がめったに行かない場所へ(あるいは場所ばかり)訪れることです


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 172 Original【原作】part4

 原作小説付きの映画が公開されるとする。

「映画は面白そうだが、小説はまだ読んでない」となった時、私はたいてい原作を先に読んでしまう。

 面白い小説にめぐりあうかどうかは宝探しのようなもので、めったに出会いはなく、たまさか出会ったお宝が映画のイメージに影響されて自分なりの面白さを構築できなくなってしまったら「もったいない」(←貧乏性?)と思うせいである。

 逆に言えば、原作が存在することを承知しているにもかかわらず映画を観に行くということは「この原作は、まあ読まないだろう」(読みたくなることもないであろう)と自分で確信出来た時に限られるということだ。そんな映画は実際どれだけあるだろうか?

 まず、映画化される小説というのはそれなりの評判を取ったエンターティメントである事が多い。それなりの評判を取った小説であるならば、映画化などという話が出る以前にまず読んでいるということがある。

 (ここで筆者は「リング」「八甲田山 死の彷徨」「ホワイトアウト」「マークスの山」「模倣犯」「乱れからくり」「嗤う伊右衛門」「犬神家の一族」「バトル・ロワイアル」「パラサイト・イヴ」「ボーン・コレクター」「レッド・オクトーバーを追え」「ジュラシック・パーク」「シャイニング」「ザ・ファン」などを思い浮かべる)

 映画化されるほど評判になっているのに読んでいない小説というのはそもそも数が限られるわけだ。
 さらに言えば「読んでいない」ということが「読む気にならなかった」という意味であるなら、映画化されても観に行く気にならないのが普通なので「映画は面白そうだが、小説はまだ読んでない」という状況にはならない。

 ということは。
 映画を観に行く気は充分にあり。
 映画を先に観た場合に小説が負うリスク(←おおげさ?)を考慮し。
 なお原作は読まないでもいいやと思う映画はめったにないと言っていいのだ。

 そんな映画ってほんとにあるの? という話を次回にしたい。


2005年04月27日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部