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洋の東西を問わずトイレがホラー・サスペンスの舞台に使われるのは故ないことではあるまい


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 177 不吉なもの <トイレ>

 トイレはなぜだかいつからか映画にとって不吉な場所となってしまった。

『シャイニング』、『スクリーム』、『スピーシーズ』、そしてずばり、『トイレの花子さん』・・・そこにはシリアルマーダーがひそんでいたり、エイリアンが獲物を狙っていたり、悪霊やお化けが出没したりする。
(ほかにも数多くトイレでドンパチのある映画があったような気がするが、筆者は急に思い出せない)

 いったいになぜ? といえば それはそこが人が鎧を(いろいろな意味で)はずす場所であり、無防備になる場所だからだろう。

 そしてもちろんトイレの特異な構造によるところが多いのは言うまでもない。
 つまり不特定多数の集まる場所でありながら、個室でもあり、姿を隠すことも可能なら、誰がひそんでいるかもわからない、しかもそのプライバシーは紙のように薄い。

 鍵がついていながら、天井はまる空き、アメリカ式だと足元もまる見え、個室という言葉が持つ閉じこもり感はまるでない。
 見えたり見えなかったり、隠れられたり隠れきれなかったり。しかし人目をはばかって何事か行うには十分な閉鎖空間。
 そのあまりにも視覚的な(つまりは映画的な)中途半端さがサスペンスを生む素地となるわけだ。

 しかしするてえと田舎にいけばだだっぴろい場所で適当に用を足すだけ。
 街中でも外国人(扉があるトイレでないと落ち着かない人たち)向けでないと個室に扉がない中国では、ここをサスペンスの舞台にするという発想はないかもしれないなあ・・・と、今あるシネコンのひと気のないトイレで思った。


2005年06月08日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部