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日常的なものの中に非日常なものが転がりこんでくる、それが特撮映画の醍醐味だ by樋口真嗣


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 178 不吉なもの <公園>

 エポックメイキングな作品というものがある。
 それまでの常識をくつがえし以後の作品に大きな影響を与える作品。
 たとえば『2001年宇宙の旅』(1968年/米国)はまさしくそれであろう。
 「流線型の宇宙船」を銀幕の宇宙から一掃し、メカやパーツむき出しの外装がカッコイイと世界中のデザイナーに思わしめた作品だ。

 『ターミネーター2』(1991年/米国)もそのひとつかもしれない。
 それ以前、高速度撮影(スローモーションとも言う、フィルムを早く回して「撮影」して、普通の速度で「映写」すると、動きがスローになるわけだ)はむしろファンタジーな表現として使われていた。

 しかしこの映画の、最終戦争が始まった瞬間に公園で笑いさんざめいていた子供たちが一瞬にして核の炎に飲み込まれる映像は強烈であった。
 自分たちが死ぬとは思わず、楽しく遊んでいるスローモーションの映像があまりに美しかったために、以後スローモーションで楽しげに遊ぶ人たちを撮った映像はサスペンスに満ちあふれたものと化してしまったのだ。

 致命的なことが起こったとき、人はその事がスローモーションで起こっているかのようにゆっくりと、微に入り細にわたって見えることがあると言う。
 この映像はそういった人の心の動きを見事に映像として定着させたがためにエポックメイキングはカットとなったのだと私は考える。

 最近のことだが自分のかかわった映画で子供が遊んでいる姿をスローで見せるというカットがあった。
 演出としては以前のフォーマットで、つまりファンタジックな雰囲気というつもりだったのだろうが、これをラッシュで観た私には今にもなにか重大な、取り返しのつかない悲劇が起こる! という思いにかられて冷静には観られなかった。

 『ターミネーター2』を観ている人間とそうでない人間では、スローモーションの意味がまるで違ってしまっているのだ。
 これがマイナーな作品ならこんなことは言わぬ、しかし『ターミネーター2』は大ヒットした作品である、そして私の参加する映画の観客がこれを観ている可能性は高い。

 スローモーションはいまや映画にとって不吉なものの象徴である。


2005年06月15日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部