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ただの空き地? いえいえミニチュアセットです。
何もないじゃんって? いえいえ空き地のミニチュアなのですよ。


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 211 アクシデント −パニック−

 予定していた演出プランが現場でひっくり返されたとき、柔軟に対応できる監督もいれば容易に頭が切り換えられない監督もいる。時にはパニックに陥る人も。

 セット図面を元に演出プランを考えたものの、実際に家具を配置してみたところが予定のポジションに俳優が立てないことがわかり、頭が真っ白、演出不能になってしまった監督を見たことがある。
 映画監督としていちじるしく不適応である。

 対極の例をあげるならフランソワ・トリュフォーである。
 トリュフォーの代表作「華氏451」(1966年/イギリス)のラストは映画史に残る名シーンだ。

 近未来、民衆の思想を統一するべく活字を読むことが禁止され、書物は見つけ次第に燃やされてしまう世界がこの映画の舞台である。主人公は書物を発見しだい燃やす役目を負った「ファイヤーマン」しかし書物の価値と魅力に気づいた彼はやがて書物を愛するレジスタンスに加わっていく。
 このレジスタンスはたとえ本が燃やされ無くなってしまってもその内容を後世に伝えられるように書籍を暗記しているグループなのだ。

 公園に集まった人種も国籍もさまざまな人々が、各国の言葉で本の暗唱しながら雪の中をそぞろ歩くラストシーンは奇跡的なまでに美しいのだが、この雪はラストシーンを撮ろうというまさしくその日にロンドンを襲った大雪なのだという。

 それはあと3日で映画を撮り終えることが至上命令となり「明日は晴れてくれますように」とトリュフォーが祈ったその当日の不意打ちなのだ。
 パニックに陥ってもおかしくないこの状況で彼はその雪を映画に取り込み映画史に残るシーンをものにした。

 これが監督の力量というものだろう(続く)


2006年02月15日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部