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スチロールを削る人たち
たぶん崖を制作してるところだと・・


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 230 完成品のイメージ15 −天才−

 私は仕事の都合上、特撮専門の美術部や造型屋さんと仕事をすることが多い。そこで人形作りを間近で見ることがある。またそういった部門で働く人は個人的な趣味としてフィギュアを作っていたりする。

 しかし人形を頭から作り初め足まで行ったところで終了するなどというのは見たことがない。

 普通、人形作りはデッサンのようなものだ。まず体全体をおおまかに作ってバランスを見る。頭のサイズはおかしくないか、胴体のボリュームはどうか、手足の長さは正しいか、と。
 そして全体のバランスを整えポーズを確認してから細部の作り込みに入る。

 全体から細部へ、細部からディティールへ、ディティールから質感へという流れは誰がどんなものを作っても同じだ。
 そして制作者は何度となく手を休め、作りかけの物を目から離して眺める。

 それはホリゾントの背景画家が何度となくホリゾントから離れ、全体を確認するのと一緒だ。
 細部に集中すれば全体が見えなくなり、全体を眺めていたのでは細部の造作が出来ない。

 結果何度もその間を行き来するわけだ、しかし一部の天才はその過程を必要としない。

 S氏はホリゾントを端から描き始め、反対側の端に移動した時に描き終わっている。竹ちゃんは頭から作り始め、足に至った時に完成している。
 おそらく彼ら天才には凡人になぜそれが出来ないのか理解できないに違いない。

 彼らは現代の円空なのだ、円空は掘り出す前の木の中に仏様の姿が見えたという。ならばS氏には白いホリゾントに完成した雲が見えているのだろう。そして竹ちゃんにはこねている粘土の中に完成したフィギュアの姿が見えているのだ。

 たぶん彼らはそれを形にしていくだけなのだ。
 凡人である私はそのように想像してみる事しか出来ないがどうなのだろうか?

 円空−おわり


2006年07月12日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部