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グリーンバックプールを水に入る役者さんのために加熱中
でも1Kwの投げ込みヒータ6個きりじゃ焼け石に水(逆か)です


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 231 マッドマックス −その1 捏造−

 記憶の捏造ということがある(らしい)

 本来身に覚えのないことなのに、いつのまにかそんな出来事があったような記憶が形成されてしまうことだ。
 願望のあまりにいつわりの記憶を自分で作りあげたり、なにか問題を抱えた人がカウンセリングの過程でありもしない親の虐待を「思い出したり」もするらしい。

 ・・などと重たい話をしたいわけでは全然なく、映画の話だ。映画ってのはたいてい1回しか観ないし、一方的に流されていくので見返しが出来ないし、ラストにクライマックスがあるので最初の方の記憶が曖昧になりやすい。
 ついでに言えば似たような映画があるので混同しやすい。

 だからと言うべきか映画には偽の記憶がつきまとう。要するに「そんなシーンがあった」ように記憶していたが無かったとか。
 あの主人公が「こんな台詞を言った」と思っていたが言っていなかった、ということがままあるわけだ。

 きっと頭の中で反芻しているうちに脳内で自分なりのストーリーを創ってしまっているのだろう。
 それは登場人物が実在の人間であるように描かれており、舞台に確固たる存在感があるということで、その映画の出来のよさを示す証左ではある。

 映画はエンターティメントであり、自分がそれを楽しく思い出せるなら何をどう記憶していようと構わないし、そもそもなにか間違って覚えているか? などと意識することもない。

 しかしそれが時に問題を生ずることがある、他人と同じ映画を語り合う時だ。あたりまえだが脳内で改変された映画を元に他人と話をしてかみ合うわけはない。

 そこで問題になるのが自分と相手の記憶が違っていた場合、どっちが正しいかわからない、ということなのだ。

 この問題続く


2006年07月19日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部