* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number


写真
---> 拡大表示

「爆発で人が吹き飛ばされる」などの効果は、役者に吊りベルトをつけて後ろに引っ張ります。
とはいえ「引っ張る」などといっても、走ったくらいじゃとうていおっつきません。



写真
---> 拡大表示

そこでこのようにイントレ(俯瞰撮影台)の上に乗って、ザイルを握り、いちにのサンで飛び降ります。
役者もスタントですが、裏方もいいかげんスタントなマネをしているということです。





Roll 233 マッドマックス −その3 バージョン違い−

 映画においては記憶の捏造が起こる、という話の続き。

 他人と映画談義をしていて話がかみ合わない時がある「そんなシーンあったっけ?」「そんなセリフ言ってたっけ?」という場合だ。
 問題なのはそれが記憶の捏造(思い入れのあまり頭の中で勝手に作ってしまった偽の記憶)なのかバージョン違いを見ているためなのかわからないということだ。

 そもそも映画にはバージョン違いが数多く存在する。
 公開版、特別版、ディレクターズカット版、プロデューサーカット版(!)TV公開版(カット版、ノーカット版)ビデオ版、LD版、DVD版、海外版などなど。

 「2001年宇宙の旅」に限って言えばスクリーンサイズだけでもシネラマ版、スーパーシネラマ版、ワイドスクリーン版、スタンダードサイズ版が存在する。

 で、それぞれが微妙に、時に大胆に違うのだ。
 しかしよほどその映画に入れ込んでいるのでもないかぎりバージョン違いを全部押さえたりはしない。
 そして、たとえばDVD版を見た人はそれが劇場公開版と違っているとは普通思わない。ために誰もが自分の見た映画を唯一正しいものだと信じている。

 極端な例がある。
 TVで放映されたあるバイオレンス映画なのだが、その映画をよく知っている人間が注意して見ているとカットが少しづつ短くなっているという妙な代物なのだ。

 殴り合っているが頭突きをする前にカットとか、矢は放っても当たる前でカットとか、アクションが1カットの中でちょっとづつ切られているのだ。
 暴力傾向の高い部分が切られているように見えるので、長さ調整などではなく暴力にうるさいアメリカ仕様「レーティング調整版」なのかもしれない。
 ともあれ、なんの注釈もサブタイトルもなく(お茶の間でも安心版とか)オンエアされているのでこの映画を初めてみた人間は大きく誤解するだろう。

 このように記憶違い(記憶の捏造)とバージョン違い、2つの要素があるだけにこの問題はなかなか奥が深い。

 続く。




「2001年宇宙の旅」(製作:1968年/アメリカ)


2006年08月09日掲載

<--Back     Next-->



Copyright :
マカロニ・アンモナイト編集部