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ビル街で火事の図。詳しいことはヒミツです。


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 258 <フィルムとコマの話 その11> シネアド

 今回はコマ数の話からそれてTVCMについて余談。

 TVCMはその素材となるべき映像をまずフィルムで撮る、クオリティのためにはお金を惜しまない人達からみてビデオの表現力はフィルムに及ばないからだ、と前回述べた。

 しかしフィルムが介在するのは最初だけだ。それでも素材にこだわるのは、たとえば料理ならレシピが同じでも素材が違えば味は違ってくると言うようなものだろうか。
 実際、TVCMは局制作のビデオ番組や、同じCMでもローバジェットでビデオ収録されているものとは比較にならない高画質な仕上がりになっている。

 とはいえしかし「高画質」というのはあくまでTVモニターという土俵の上でのことだと思って欲しい。
 そして土俵が違えば勝負は厳しい。違う土俵とは何か? それはシネアドである。
 シネアドとは映画を見にきた観客に対しスクリーンを使って行う広告を指す言葉だ。

 シネアドはその劇場と契約した広告会社が独占的に引き受けていることが多いのだが、その売り文句に「本編上映直前、観客着席率100%で行われるシネアドは、大スクリーンと迫力ある大音響で観客へ強い印象を与え、抜群の広告効果が期待できます」
 というようなことが書いてある。ほんとうにそうだろうか?

 そもそもCMの出来以前の問題として、ブザーが鳴り画面が暗くなり、緞帳が上がって期待がいやます中、いつもお茶の間で見るCMが始まるということに違和感、失望感を抱く観客は多いのではないだろうか?
 期待の新作映画が始まるかと心構えをしているところへ、素っ頓狂なCMが始まって失笑が湧くといった光景を私はよく見かけるのだ。

 場違いなCMが流されるということでなくとも、観客はCMが1本終わるたびに、これで終わりか、次は本編が見られるか、と期待するわけでそれが裏切られていくと次第に怒りがこみ上げてくる。
 普通に考えても、電車に乗り1800円を払い、貴重な休日をつぶしてやってきた劇場でなんで家と同じCMを延々見なければならないのか、と思うだろう。


 まあそれはCM自身の問題ではない、しかし実のところCM自体にも問題があるのだ・・という話をするつもりだったが、長くなったのでもう一回。


2007年02月14日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部