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ドライアイスマシンの出番が終了、中の熱湯を冷ますため余ったドライアイスを投入中。


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 263 <フィルムとコマの話 その16> 特撮の神様

 「撮影効果のためでなく1秒24コマ以外で回っているカメラの話」の3回目だ。まずはダクラス・トランブルという人物について語りたい。

 トランブルについては連載のRoll 215Roll 244でも言及したが『2001年宇宙の旅』(1968年/米国)『未知との遭遇』(1977年/米国)『ブレードランナー』(1982年/米国)などを手がけた特撮監督で、我々の世界では「特撮の神様」と呼ばれる人間だ。

 公開から40年を経ているにもかかわらず、『2001年〜』の硬質な特撮映像は一頭地を抜いており、宇宙の深淵を行くディスカバリー号の映像より美しい宇宙シーンはいまだに現れていない。
 『未知との遭遇』の光輝くマザーシップは一種の美術品である。『ブレードランナー』の作品イメージを決定する陰鬱かつ魅力的なロサンゼルスの夜景はいまでも「ブレードランナー風」というコンセプトとして確立している。

 多くの映画にさまざまな特撮映像を提供してきた彼の絵に常に共通しているのは「高画質」ということだ、つまりどんな絵を撮ってもそれがキレイなのである。

 そもそも特撮は、整備されたセットで充分なライティングを行い、高性能のレンズで一発撮り出来るなら必要ないものだ。

 本当のサイズより小さい、実際の速度より早い(遅い)本物の素材で出来ていない(そもそも本物などこの世に存在しない)など不利な条件からスタートする。
 そこでは画質の向上などより先に考慮しなければならない遙かに重要なことがある、つまり「どうやったらそれが撮影可能か」ということだ。

 というわけで特撮映像の中には無理やり撮りました、という映像が多く含まれる。
 高さ100メートルの筈がどう見ても2メートルほどにしか見えないビルディング、本当にその場所に居るようには見えない人物、ゴムにしか見えない怪物の皮膚などなど・・
 オタキングこと岡田斗司夫が「特撮は薄目を開けて見ろ」という所以である。

 しかし、トランブルの映像はそうではない、ディスカバリー号は全長100メートルに見えるし、ドキュメンタリーのような迫力持って観客に迫るロサンゼルスの夜景は観客をあっという間に現実と虚構の壁を越えさせる。

 多くの特撮関係者の(もちろん私自身の)尊敬を一身に集めているのは当然なのだ。
 その尊敬の度合いに関するエピソードを次回に紹介したい。


2007年03月21日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部