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これ最近見ないですよね
ロケハンで寄った田舎のレストハウスにありました


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 272 <フィルムとコマの話 その25> ブレインストーム

 今まで特撮マンと呼んできたダグラス・トランブルだが、実は2本の映画を監督している。
 その一つが『ブレインストーム』(1983年/MGM)だ。

 ブレインストームとは主人公ら研究グループが開発した人間の思考・記憶・感覚をすべて記録し、他人に再体験させることの出来る装置である。

 これを洗脳の道具として使用しようともくろむ軍との駆け引き、などというのはありがちなサスペンスだが、主任開発者である女性科学者が心臓発作を起こした時、自らを実験台として死の過程を全て記録するというあたりから映画は新たな次元に突入する。
 科学者としての彼女の遺志を理解した主人公は、その死の記録「デステープ」を再生し体験するのだが、その神秘体験の映像化がトランブルならではの華麗な映像なのだ。

 さてこの映画のキモは何度となく映画に登場する知覚伝達シーンだが、それがまったく新しい体験であることを観客に伝える必要があるのは言うまでもない。
 つまり劇場にいる観客にとってもそれは斬新な映像体験であるべきなのだ。

 しかし劇中のマシンと違い知覚すべてを伝達するわけではない映画において、いったいにどうやって再体験シーンを際立たせればよいのだろうか?

 ここでトランブルが行ったのが、フィルムサイズによる画質の向上だった。

 どうするかというと「通常の」シーンを普通に35ミリフィルムで撮影し、知覚伝達シーンは70ミリフィルムを使ったスーパーパナヴィジョンで撮影するのである。

 35ミリに対し4倍のフィルム面積を持つスーパーパナヴィジョン、これを35ミリフィルムに焼き付けて上映用プリントを作るとそこだけ画質が向上するのである。

 以前、特撮カットはなにがどうなっているのかわからなくとも「なんか違う」(なんかダメっぽい)と思わせると書いた。
 ブレインストームの知覚伝達シーンは何が起こっているのかがわからないままに観客に「なんか凄い」と思わせるのである。


 画質の向上を効果として映画に取り入れたのはこのブレインストームが始めだろう。縮小プリントの効果かくのごとしと言わねばならない。

 画質にこだわるトランブルならではの技だが、彼はスーパーパナヴィジョンの画質にさえ満足していなかったらしい、という話を次回にしてみたい。


2007年05月30日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部