* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number


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エアキャノン大活躍、グリーンバックで飛び散る破片の素材撮り。


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その表がわ。




Roll 277 <フィルムとコマの話 その30> デジタル様の時代

 合成と言えば光学合成だった時代から、あたりまえのようにデジタル合成を指すようになるまで。この移行期間はどのくらいあったのか。

 後処理の実態についてはあまり詳しくないが、現場の感触で言うと1995年制作の平成ガメラ1(「ガメラ 大怪獣空中決戦」)はデジタル合成のはしりと言えるだろう。

 この頃はデジタル編集機の使用料金が高く、合成カット全体の中でデジタル合成していいのは何カットまで、ときっちり決められていた。
 そのため、樋口特撮監督は「このカットはデジタルのほうが結果はいいんだけど、このカットはデジタルじゃないと出来ないし、こっちは捨ててもこれはデジタル様でいっておくか?」などと少ない小遣いを握りしめて駄菓子屋で悩む子供のように悩んでいた。

 そういえば、TVの特撮ものでデジタル編集機を使いすぎ、1本で何千万とかの赤字を出してクビになった監督もいた。(その後姿を見なくなった・・・)

 実際、その頃の感触でいうとデジタルは金に糸目をつけないCM専用、あるいはよほどのビッグバジェットな映画のシステムという感触だったのだ。

 前回述べた日本エフェクトセンターが線画台を放棄したのは2年前だ、これはつまりCMも映画も(予算のあるなしも)なく、TVも映画も(ビデオもフィルムも)もなく、一切の合成処理はデジタルで行うようになったという意味だ。それが光学合成の終焉だと考えると移行期間は10年ということになる。

 そしてそう! 当時デジタル編集機をデジタル様と呼んでいたのだった。現場の人間はそれがどんなことでも出来る魔法の機械だと思っていたのだ。

 もちろん魔法の機械ではなかったのだが。

 続く。


※<フィルムとコマの話>を最初から読みたい方は →こちら 


2007年07月04日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部