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さわやかな青空のもと、澄んだ高原の空気を吸いながら、火薬を埋める私たち。


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 280 <フィルムとコマの話 その33> 合成、その煉獄と地獄

 前回、デジタルデーターでは色数や明度の幅がない画像では問題が生ずると書いた。

 どうやってこれを回避すればいいのかと言えば、そういう絵づくりは避けるか、色深度の深いフォーマット(10ビットカラーとか16ビットカラーとか)で作業するかの2つしかない。

 色深度の深いフォーマットを使えば、前回述べたような問題は回避できるが当然のようにデーターは重くなり、処理は遅くなる。1枚絵を処理するグラフィックデザインと違い処理すべき枚数が膨大になる映画では、データーの重さや処理スピードは後処理全体にかかわる重要な問題なのだ。

 量子化ノイズとマッハバンドという2つについてのみ述べたが、デジタルデーターを劣化させる要因は数多くある。光学合成は合成を重ねるたびに画質が劣化する構造的な問題があると述べたが、デジタルはデジタルなりの問題があると言うことだ。

 色深度の浅いフォーマットで作業していると、充分な画質が確保できないから、重くなるのを覚悟で深いフォーマットを採用する、というのは、小さいフィルムで作業していると画質が低下するから、現場の作業性が悪いのを承知で大判フィルムを使うという光学時代の技法にそのままオーバーラップする。

 結局、映画制作を一気に便利にする魔法の機械というものがあるわけではなく、そこにある機材をどう使っていけば、クオリティと効率のバランスが取れた映像が生み出せるのかという創意と工夫があるだけだ。
 それは、どんな道具を使っていたいつの時代にもあって、間違いなくこれから先もありつづける映画制作の基本である。

合成終わり。


P.S.

 現場のスタッフは、冬寒く夏暑いスタジオでホコリまみれとなって肉体労働をしている。そんな我々から見ると、オフィスビルの空調の効いた部屋で、コンピュータ相手に仕事をしているデジタル編集機オペレーターというものは高級で華麗に見えるのだが、それはやはり隣の青い芝生なのだろう。
 作品によって様相を変えるスタジオと違って、窓もろくにない編集室に朝から晩までこもり、ずっとモニターを眺めているというのはそれはそれで息がつまるもののようだ。

 今、デジタル編集機といえば定番なのがインフェルノという機械なのだが、その下位バージョン(前機種?)にスモーク、フリント、ファイヤー、フレームというものがある・・・らしい。
 というのも、知り合いのインフェルノオペレーターが、煙が上がったと思ったら、火が付いて、燃え上がって、いまじゃ地獄だよ、次に俺たちはどこへ行くんだ? とぼやいているからだ。


※<フィルムとコマの話>を最初から読みたい方は →こちら 


2007年07月25日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部