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「この洋館、近く取り壊すから何をどうしてもいいんだってよ」「おお! そりゃスゲエ」
と喜んでいる私たち。壊しても汚してもOKな場所は特撮屋の楽園です。


* 週刊フォトエッセイ*

「今日もカメラは回る」

  文・写真/根岸泉 --->Back Number 




Roll 281 <フィルムとコマの話 その34> いままでのあらすじ

 長く話がわき道にそれていたが、この<フィルムとコマの話>はまずは「コマ数の変更による撮影効果」の話をするためのものだった。
 そして変更というからには標準があるはずで、ではその標準とは何かというところから話が始まったのだ。

 そして映画の撮影コマ数の標準は秒24コマであると、そしてそれはサウンドトラックの発明によるものだ、という話をした。
(ここでサウンドシステムの話という脇道にしばらく分け入ってしまった)

 話がコマ数の話に戻ったあと、世の中には秒24コマ以外のスピードで回っているカメラがあり、それは特殊な効果としてではなく、そのシステムの中でノーマルなスピードとして使われている例があると述べた。

 その1例として秒25コマがあるという話になって、ポーランドの話をした。
(そこでTVの放送形式NTSCPALの話になり、ついでテレシネの話にまで至った)

 再びコマ数の話にもどり今度はCMの話になった、CMの場合は秒30コマであることを紹介し、TV放映が前提であるにもかかわらずCMでムービーカメラが使われるのは画質へのこだわりのためであると述べた。
(ついでキネレコの話になり、さらにはシネアドに悪態をついた)

 そのあと私は説明なく特撮の神様、ダグラス・トランブルの偉業をたたえ始めた。
 それに伴って特撮においては合成が必要不可欠であること、合成は必然的に画質の低下を招くことを説明した。
 そしてトランブルの送り出す特撮映像はつねに美しいということと、画質の低下を抑えるために特撮マン達がどういう技法を使っていたかについて細かく説明した。
 ついでに(脇道のさらに枝道になるのを承知で)デジタル合成についても言及した(もっとも表面をなでただけである)

 そして前回、やっと合成についての話題を終了させたのだった。
 ここでついに撮影コマ数の話の途中でトランブルの話を始めた理由があきらかになるのだが、軽くおさらいをしただけで1回ぶんほどの字数を使ってしまったのでなんと本題は次回以降だ。

 乞うご期待!


※<フィルムとコマの話>を最初から読みたい方は →こちら 


2007年08月08日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部