写真
---> 拡大表示

※撮影/中山慶太


* 週刊フォトエッセイ*

NinaMika Weekly 週刊ニナガワ通信

  文/蜷川実花 --->Back Number × 中山慶太




§鏡の国の蜷川実花(2)§(may.2004 #04)

 写真を撮るのは好きだけど、撮られるのは気が重い。そういうひとはけっこう多い。「撮られるのが大好きです」なんて自信たっぷりにいえるひとは、いったい日本の人口の何割くらいいるんだろう。
 たぶんそういうひとの多くも被写体としての適正に恵まれているのではなくて、撮られる気分を楽しめる年齢だったりするんじゃないか、などと、これは僕の勝手な思い込みである。
 蜷川実花は子供のころに、お気に入りの洋服を着て写真に収まるのが好きだったそうだ。そこから彼女がプロとしてデビューするきっかけになったセルフポートレートの作品群が生まれ、あのポップな人物写真につながっていく。彼女がひとを撮るときのアイデアやイマジネーションの原点は、たぶん自分のイメージを自分で演出してファインダーに押し込めた子供のころの写真にあるのだと思う。
 でもプロとして人物を撮りはじめてからも、彼女は「どう撮りたいか」と「どう撮られたいか」を区別していないような気がする。相手の気持ちに入り込んで、まるで自分が演じているかのように振る舞わせて、その瞬間をフィルムに収める。だから蜷川実花の被写体は他の写真家のレンズの前に立ったときとまるで違う表情を見せる。それは一流の写真家なら皆そうだろうけれど、僕がさいきんいちばん「写真家が被写体に入り込んでいる」と感じるのは、蜷川実花の写真である。
 撮るひとと撮られるひとをいっぺんにできる。それがニナミカマジックの鍵かもしれない。そしてその片方ができないから、蜷川実花は写真に撮られるのが苦手なのだ。他人の被写体を演じること、それは彼女にとって鏡に自分の姿を映せないような不安なのだろう。
 とまあ、これもみんな僕の勝手な想像だけど、仕事で彼女の写真を撮りながらファインダーのなかで居心地悪そうにしている姿をみて、なんとなくそんなことを考えた。そして自分の能力とかけ離れたこの人の凄さをあらためて思い知ったのだった。

 そういえば蜷川実花は僕が撮った彼女の写真をどう思っているだろう。たぶん興味ないんだろうな、と思っていたら、ちゃんとチェックしているらしい。それで「食べてるときに撮るのはやめて」と言われるだけで、あとはお叱りをいただいていない。かといって褒められてもいないけど、映画のロケ現場の写真を撮る機会を与えてくれたり、たまに絵柄やポーズを覚えていてくれることもある。
 単純な僕は、それだけでけっこう嬉しかったりする。


■蜷川実花さんの公式サイト
 最新情報、過去の仕事や作品集はこちらでチェック!!


2004年05月26日掲載

<--Back     Next-->



Copyright :
マカロニ・アンモナイト編集部