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※撮影/中山慶太


* 週刊フォトエッセイ*

NinaMika Weekly 週刊ニナガワ通信

  文/蜷川実花 --->Back Number × 中山慶太




§「MIKA」によせて(2)§(jun.2004 #02)

 はじめて彼女に会った場所は、青山の旧いビルの二階にある喫茶店だった。
 今でも不思議なのだけど、その店は後に彼女が好んで写真展をひらくギャラリーや、おなじく彼女の作品が掲示されたブティックから、歩いてほんのすぐの距離にあった。そこを指定したのは僕自身だったから、きっとなにか縁があったのだと思う。
 約束の時間にカウンターで待っていると、細面の女性がやってきて、ひょこりとおじぎをして、ちいさい声で「蜷川実花です」といった。
 その時の彼女は美大を卒業したばかりで、今ほど陽に焼けてもいなかったし、まだまとまった作品集も出していなかったので、分厚いファイルに自分の写真をカラーコピーに取ったものを持ち歩いていた。
 それまで僕はいくつかの書籍で彼女の作品を目にしていたけれど、そんなに大きなものを観るのははじめてだったので、1点ずつじっくりと時間をかけて眼を通した覚えがある。いや、作家自身を目の前にして、パラパラとめくっては失礼だろうと思っていただけで、実はとても困っていたのだ。
 なぜかといえば、そこにあった写真はどれもそれまで観たことがないものだったからだ。

 人間は記憶の動物だ。なにかを目にしたとき、それまで溜め込んだ記憶のストレージにアクセスして、それがどういうものかを判断する。だから生まれたばかりの乳児は、クルマを観ても口紅を観ても、それが何かはわからない。それといっしょで、蜷川実花の写真にはじめて触れた僕は、どうやって観て良いのか、そこに写された主題はなんなのか、ほとんど理解できなかった。お恥ずかしい話だけど、これは正直な気持ちである。
 それでも僕がこの連載の仕事をお願いすることにしたのは、なにがしかのカンが働いたこともあるのだろう。また、もしあの時に仕事を依頼しなかったとしても、蜷川実花という作家のキャリアはほとんど変わらなかった筈である。僕が会った時点で彼女はすでに目敏いひとたちの知るところだったし、その才能をちゃんと見抜いていたひとも多かったからだ。

 にもかかわらず、というべきか、または当然なのか、彼女の作品は旧来の写真ジャーナリズムからはなかなか理解を得られなかった。あるいは彼女のプロフィール(高名な演出家を父に持つ、という)も邪魔をしていたのかもしれない。それを切り口に採り上げる雑誌の記事はよく目にしたけれど、でもどれも彼女の作品の本質に切り込んではいなかった。
 そして、僕の主観を記させていただけば、蜷川実花の写真をきちんと読み解いた文章は未だに書かれていないのだ。


■蜷川実花さんの公式サイト
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■蜷川実花さんのガールズフォトを集大成した写真集
 「mika」「over the rainbow」
 6/25 ON SALE(講談社より2冊同時発売)

■蜷川実花さんの個展「MIKA over the RAINBOW」
 6/27〜7/11
 会場:ラフォーレミュージアム原宿


2004年06月09日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部