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※写真/中山慶太


* 週刊フォトエッセイ*

NinaMika Weekly 週刊ニナガワ通信

  文/蜷川実花 --->Back Number × 中山慶太




§残酷な表現者が支配する(1)§(feb.2005 #01)

 今回のタイトルは蜷川実花の密かなお気に入り作家、萩尾望都さんの作品から。深い意味はないつもりだったけれど、なにやら意味があるように思えてきた。

 蜷川実花と話をしていて、絶対に噛み合わない部分があるとしたら、それはカメラの話である。
 この連載にも何度か書いたが、彼女はおよそカメラに興味がない。いや興味はすごく旺盛に持っているようだが、そこに愛情はないようだ。カメラは単なる道具と割り切っているらしい。
 蜷川実花は自分の周囲を可愛い物で埋め尽くしている。そういう彼女にとって、カメラは絶対に耐えられないくらいに可愛くない存在に違いない。だから旅用のコンパクトカメラなどはシール責めにされて、どうにか彼女の価値基準を満たしているらしい。
 そういえば蜷川実花は、デビューいらい一貫して黒いカメラを使い続けてきた。上のシール責めにされたものを除けば、彼女が黒くないカメラを持っているのを見たことはほとんどない。そういえば偉い賞をいただいたときのグラビアでは「チェキ」を手にしていた。その時の撮影は高名な写真家が担当していたから、ずいぶん大胆なことをするなあ、と感心した覚えがある。
 男性の場合、手段が目的にすり替わってしまうことはよくあって、それが一種の信仰に結びついたりする。だから蜷川実花に機材の質問を寄せるひとはほとんどが男性だ。
 僕もひといちばいのカメラ好きだから、訊きたい気持ちはよくわかる。でもあなたが被虐嗜好のないひとなら、それは止めた方がいい。なにしろ彼女は「カメラなんて何使っても一緒!」と言い切ったことがあるのだ。
 けだし名言だと思う。

■蜷川実花さんの公式サイト
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2005年02月02日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部